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  四 季 雑 感 (43)

 なんとも早や、言いようのない暑さが続く。猛暑、酷暑と言う表現よりもっと刺激的な言い方はないかと考えてみた。激暑とか、極暑とか、殺暑とか、絶暑とか、狂暑とか、しかしどれをとっても、やっぱり猛暑、酷暑より響きの強い表現にはならない。7月16日(月)の朝日新聞の文化欄に、大変興味のある記事がでていた。以前にも、この欄で書いたたことがあるが、今の太陽は活動が静謐になり、フレアが殆ど無くなり黒点が消えた。この現象をマウンダー極小期と言い、地球寒冷化の傾向である。
 前回の極小期は1645年ころから約70年間続いたとかで、ロンドンのテムズ川が凍結したり、日本では飢饉が続いたと言われる。マウンダー現象ではないが、最近では1991年のフィリッピンのピナトゥボ火山が噴火した後、上空に広がった火山灰による冷夏と長雨で、米が記録的不作となりタイ米を輸入する騒ぎになった。太陽活動が低下すると大規模噴火後のような異常気象が何十年も続くことになる可能性があると言われる。異常気象が異常ではなくなると言うことである。

--- 太陽活動が低下すると地球の地磁気も弱まり、銀河宇宙からの宇宙線を防御する能力が弱まって、紫外線や赤外線やX線や、もろもろの銀河宇宙線が許容量を超えて地球に降り注いでくる。京都大学の余田成男教授は、「このうち紫外線はオゾン層に吸収され、その反応で成層圏が温められ地球の気象に異常を起こす。過去の地球の解析でもオゾン層の紫外線吸収が気象に影響を与えていたことが分かった」と言っている。異常気象が続けば農作物の不作から慢性的食糧不足となり、社会は混乱を深める。特に途上国は栄養不足による伝染病の蔓延などの被害を受けやすいし、世界経済への影響も計り知れない。その他にも気象以外への影響も色々ある。こういった影響を与える太陽活動の低下が近く始まるかもしれない、と言う予測が相次いでいる。国立極地研究所の片岡龍峰准教授は「次の太陽活動の周期がさらに弱まる可能性は高く,大極小期に突入してもおかしくない」と語っている。名古屋大学の宇宙地球環境研究所の草野完也所長の分析でも、「次の太陽活動の活発さを決めるとされる太陽の磁場の強さが近年弱まっている。磁場はいったんなくなると復活には時間がかかる、大極小期がいつ始まるかはまだ分からないが、必ず起きる」と語っている。地球温暖化と太陽活動の低下が同時に起きれば、影響が相殺される可能性はある。ただ、その間に温室効果ガスが十分削減されずに再び太陽活動が活発化すると、気温上昇に歯止めがからなくなり、最悪のシナリオもありうる、人間が自然を乱し続けると予測のつかない事態に陥りかねない」と警告している。 (7月16日の朝日新聞の記事より)---

 最近来た台風12号のように、全く逆方向から侵入してきた台風なんて、専門家でも想定できなかった現象だろうし、テレビを見ていて、九州にやってきた台風の進路予想が上下逆じゃないのか、とさえ思う現象だった。おそらく気象専門家も頭を抱えていたに違いない。恐ろしい世界になってきたものだ。先日生まれた曾孫を抱いて、悪い時代に生まれてきたな?と心の中でつぶやいたが、当たらないこと祈るしかない。

寿号を貰うということ

 7月29日、寿号(生前戒名のこと)を授かった。授かる儀式を「授戒会(じゅかいえ)」と言う。自分で作った戒名を、形の上では阿弥陀如来からもらったようにお寺は扱う。爾後、あなたは仏教徒になられました、と宣告された。冥加金も著作権は私にあるのに、100%お寺につけてもらった場合と同じだ。しかもこの種の収入は所得税がかからないから丸儲けである。坊主丸儲けとはよく言ったものだと思う。ただ、生前に付けるのは葬式の時にあわててつけてもらうのと違い大分安く上がるし、何よりも自分で考え一番気に入った名前にできるのが有難い。もらう?前には五箇条の誓約をする。①殺生をするな、②泥棒をするな、③不倫をするな、④嘘をつくな、⑤酒を飲むな。と言う五つである。④まではいいが⑤はいけない。これをやめたら生きてる楽しみが半減してしまうからだ。

 私は、神仏を信じるかどうか、と聞かれれば絶対に信じていない。キリストだって翌日生き返ったというのなら、医学的にあり得るが3日後なんてナンセンスである。仏教界にしても釈迦は確実に生存した証拠があるが、それ以外の仏陀である
阿弥陀、薬師、大日など、また衆生の援助者とされる菩薩の観音、弥勒、文殊など、密教固有の不動明王など、もっといろいろいるがこれらが実際にいるとはどうしても信じられない。でもそれぞれを本尊とする寺に行くとちゃんと像がある。おそらく昔の、芸術的才能を持ち、色彩感覚の優れた人物が、想像しながら描き出した架空の偶像がオリジナルなんだろうと思っている。仏教徒になったなんて全く意識はない。そうゆう意味で神仏に関する限り、私は完全は二重人格である。

 残り少ない寿命であり、主治医からは「あなたは、長期療養型の終末ではなく、血管系(心臓、脳梗塞など)で、突然逝くんじゃないか」と言われているので、できるだけ身の回りを片づけ、葬式もできるだけ簡素に経済的にと思ってやったことで、後は葬儀社との葬儀の生前予約でもしておこうか、などと考えている。でも、まだ体は普通に動くし、食慾はあるし、酒はうまいし、まだしばらく、この四季雑感も続けられそうな予感はする。幸いなことに。では 次回まで 
(2018.8.1記)
 

 


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