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   衛星通信実験50周年記念投稿

 

追尾装置開発の思い出

川井 一夫、 竹中 理、 糸原 志津夫  

 追尾装置は、その名のとおり、通信衛星の方向にアンテナを常に正対させるようアンテナの向きを制御する機能を持ち、アンテナから見た衛星の正確な位置情報を仰角と方位角の値として時々刻々読み取れるようにした装置であって、この読み取った仰角、方位角の値を通信用大型アンテナに送り、大型アンテナをこの仰角、方位角の方向に向けさせるのが最終目的である。この機能は、その後、大型アンテナ自体に持たせるよう改善されたが、当初はまだ別々であったので、この研究、開発は我々計測研究室グループが担当した。
 移動衛星では、通信可能時間が軌道によっては10数分程度しかないこともあるため、追尾装置は、衛星が地平線上に現れると少しでも早くそのビーコン電波をキャッチし、その仰角、方位角情報を管制室と大型アンテナに伝える必要がある。
 このような、追尾装置に関する経験はそれまでKDDには全く無かったので、その開発に際しては方向探知機等も含めた文献調査やラジオゾンデ追尾装置の見学をはじめ、製造業者の三菱電機技術陣の意見聴取など幅広に調査検討した。その結果、やや専門的になるが、方向誤差の検出には、4つのオフセットビームを用い、その和と差から方向誤差の値を得る方式とし、6mパラボラアンテナ軸の駆動は発生雑音を考慮して油圧制御方式となった。そして、このようにして組み立てた追尾装置は風雨対策としてレドームで覆われた。
 また、追尾装置を働かせるためのビーコン電波は非常に微弱で、無変調連続波の信号は地上到達時常温ノイズに埋もれており、これを確実に取り出すためには抽出フィルタの帯域幅を極端に狭くする必要があった。しかし、帯域幅を狭くすればするほど、もともと送受の周波数誤差がある上、ドップラー効果でビーコン電波の周波数が動いていくと言うことも考慮しなければならなかった。こうした問題にたいしては、位相同期回路内の発振器を周波数掃引させ、ビーコン電波にロックオンすると同時に周波数掃引を停止させるという方法で解決することにしたが、実際、この機能は極めて快調に動作した。因みに、テルスター衛星を開発した本場の米国AT&Tは、ビーコン電波捕捉のために約300個の狭帯域櫛形フィルタを用いるという大がかりな装置を開発・使用していたので、我々の簡便な方式は自賛できるものであった。さらに、ビーコン電波補足に際しては、まだ位置が分かっていない衛星にアンテナを確実に向けなくてはならず、そのためなかなか受からないこともある場合に備えて、アンテナを少し振ってみる場合の振り方のパターンも幾つか用意されたが、これは使用するに至らなかった。
 追尾結果の角度情報は精度0.005度刻みの値で送出された。ただし、追尾装置内ではその後0.002度刻みの精度で動作するよう改善された。
 このような追尾装置の移動体にたいする追尾実験として、疑似ビーコン電波発信器を積んだ自動車を国道6号線に走らせたり、ヘリコプターの周辺飛行に対する追尾実験などを実施したが、何れも極めて順調に追尾できた。これらの実験を重ねることによって、まずロックオンさえしてくれれば、その追尾実験はもう半ば終わったような気がしてきたことを思い出す。
 そして、いよいよテルスター衛星からのビーコン電波を受ける初めての追尾実験を迎えた時は、それまでの種々の実験結果から、きっとうまくいくはずだという自信はあったが、しかし本番の時にかぎって何か起こる、という例はよくあることなので、実際にロックオンランプが点くまでは油断できない。アンテナをその方向に向けて、いささかの緊張感を持って、祈るような気持ちで予定時刻になるのを待ち受けた。そして遂にロックオンした。その瞬間、パッと何か衝撃が走ったような気がした。それだけに、ロックオンの後は、6桁のアンテナ角度表示器の値が衛星を追いかけて滑らかに変化していくのを、幾分放心気味で眺めていたことを思い出す。
 その半月後、こんどは公開実験でリレー衛星を追尾した。この時は、前回での経験もあったので、大分冷静に立ち合うことができた。そしてこの日の2回目の追尾の時も上々の首尾であった。しかし、あの時ケネディ大統領暗殺の一大ニュースが送られていたことを実験後に知り、大変ショックを受けたとともに、テレビ信号が伝送出来る衛星通信の威力をまざまざと見せつけられた思いがした、と同時にそのような重要な仕事に携わることができたことを大きな誇りに思った。
 また油圧系を含む自動制御系など、それまで無関係であった分野の勉強ができたことは大変幸せであった。実際、始めの頃、何かを間違えたため、衛星とアンテナの角度誤差で動作する自動制御系全体が発振を起こしかけ、アンテナが突然ゆっさゆっさと左右に首を振るように振動し始め、あわてて電源を落として難を免れたことがあり、これで自動制御系の勉強意欲がかき立てられた。これも今となっては恥ずかしくも懐かしい思い出の1つである。いずれにしても当初の設備はオール真空管式で、その後固体化した装置と比べるとかなり大きなものであった。また、その後の衛星通信技術の進歩により、追尾装置は不要となったが、当初は必要不可欠な設備であり、衛星通信の実現に多少なりとも責任を果たせたことに満足している。

 これらのことは50年も前のことであり、当初追尾装置開発のリーダーであった道下さんが他界されているので、重要なことで書き落としたこと、書き間違いが無いとは言い切れない。お気づきのことがあればご指摘、ご教示いただきたい。
以上


 


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