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このページには、「サテライト会」の最新の活動情報を掲載します。
これまでのサテライト会開催のご案内については、こちら を、また、これまでのサテライト会開催の模様については、 こちら をご覧ください。

 
 
平成30年サテライト会第1回(5月14日)の模様
 小島さんを紹介する
 井上さん
平成30年度1回目のサテライト会は、連休明けの5月14日に開催された。遠藤会長より、今回は、これまでと趣向を変えて、講話に先立ってKDDI財団の小島理代子さんに二胡の演奏をしていただき、その後で、KDD OBの松本不二男さんに、「この広い宇宙いっぱい」という演題でご講演を頂くので、清聴をお願いしたいとの挨拶があった。今回は、講師の方々を含めて29名の参加があった。

井上幹事より、二胡奏者の小島さんの紹介が行われた。小島さんは、KDDにオペレーターとして入社され、現在はKDDI財団で毎年恒例のチャリティコンサートの企画やカンボジア支援プログラムを担当されておられる。
二胡演奏の小島さん
一方、中国の楽器「二胡」について、中国人のチェン・ミン氏に師事され、十年以上の演奏の経験を積まれている二胡の名手であると紹介があった。小島さんは、会場である天津飯店に合わせて、「蘇州夜曲」を皮切りに、本日の講話のテーマである「宇宙」に合わせて、Horstの「Jupitar」と「見上げてごらん空の星を」を演奏して下さった。参加者は、二胡の憂いを帯びた音色と素晴らしい演奏に聞き惚れた。

 松中さんから松本さん
 の紹介
松中幹事より本日の講師の松本氏についての講師紹介が行われた。
講師の松本氏は、1972年にKDDに入社し、保全部から1980年に郵政省電気通信政策局に出向した後、1983年に技術計画部企画管理課に復職され、電気通信事業法の導入後の社内の事業法対応を担当された後、1989年から機器部情報システム課長としてNAISの拡充などを推進された。また、1992年にテレハウス・ヨーロッパに出向、1996年にはKDDテクノロジーに出向された。2000年にKDDを退職された後は、サークルアジア社長に就任、2002年に九州通信ネットワーク社の情報システム部長等を歴任され、2009年には、㈱情報システム管理でコンサルタントとして活躍された経歴をお持ちの方である。

松本さんのご挨拶
2012年からは、つくば市の図書館や市役所関係でボランティア活動に従事され、2016年~2017年にかけて一般教養講座「この広い宇宙いっぱい」というテーマで6回にわたって講師を務められ、更に2018年から「クラシック巡礼」というテーマで教養講座を始められていると紹介があった。このボランティア活動のテーマを今回サテライト会の会員向けに要点を絞って解説していただくことになった。
KDD時代および出向期間を通じて、情報システムの構築や技術管理畑に一貫して従事され、電気通信事業法の制定後の社内体制の構築や対外折衝で敏腕を発揮されてきた方である。また、最近のボランティア活動に示されるように、科学史や宇宙物理学や天文学のみならず、古典音楽に深い識見と洞察をお持ちで、難しいテーマをかみ砕いて一般の方々に分かり易く解説される取り組みに力を入れていると紹介された。


説明を行う松本さん(右)
講演では、冒頭で今年3月に亡くなった英国の天才科学者スティーブン・ホーキンス博士への哀悼の辞が捧げられた。今回の講演のタイトル「この広い宇宙いっぱい」は、昭和40年代に流行っていた森山良子の「この広い野原いっぱい」から流用したもので、この宇宙には、数千億の銀河が存在するとされ、1023個もの恒星があるといわれているのに、どうして夜空は暗いのか? 宇宙の始まりと終わりはどうなっているのか? 等の疑問を少しでも解ってもらえるよう話をしたいとの前振りがあった。



最初のテーゼは、<ジャイアント・インパクト>を取り上げ、月と地球の成り立ちについて解説された。1970年代のアポロ計画で月面にレーザー光線反射鏡を設置したことにより、月が1年間に3.78cmずつ遠ざかっていることが分かり、この結果から逆に時代を遡ると、原始の月は、地球の間近にきてしまうことが分かった。衝突のコンピュータ・シミュレーションの結果、45億年前、火星規模の惑星テイヤが原始地球に衝突し、その衝撃で地球のマントルが飛び散ったが、その一部が原始の月となり、産まれたての原始の月は、地球から2万kmしか離れていなかったと想定できた。
当時の原始の月は、地球に大規模な潮汐作用を及ぼしており、数十mも海面が盛り上がる満潮が起こって生命の進化に寄与したとし、また、1日数時間の自転であったことは、30数億年前のサンゴの化石からも裏付けられているとした。また、月が地球から分離した際、地軸が23.5度傾くことにも関与しており、更に、月面の裏側にある無数のクレーターは、月が外部から飛来する隕石等から地球を護る楯にもなってきたことを明るみにしているとした。


αケンタウリとプロキシマ・ケンタウリ
次のテーゼは、銀河系の中で太陽に最も近い恒星である<プロキシマ・ケンタウリ>だった。
プロキシマという接頭語は「太陽に一番近い」という意味である。南天に輝くケンタウルス座には、明るい恒星が二つあり、一番明るいものからα星、β星と命名されている。そのα星をαケンタウリ(4.4光年)と呼ぶが、実は、現代の望遠鏡でよく見ると3連星である。αケンタウリAとαケンタウリBが近接2連星を成し、かつ、0.2光年はなれてプロキシマ・ケンタウリという暗い赤色矮星がαケンタウリA・Bを周回している。太陽からの距離は4.2光年しかない。

ハビタブル・ゾーンにある惑星(想像図)

この赤色矮星にいくつかの惑星が回っていることが判明した。そのうち、ハビタブル・ゾーン(水が液体で存在できる領域)で回る惑星:プロキシマbの存在が、プロキシマ・ケンタウリの揺れデータの統計的数値分析の結果、推測できた。

地球に一番近い恒星の中で、生命の存在の可能性があるという点で注目されている。ホーキング博士は、この惑星の写真撮影をする宇宙探査計画(スター・ショット計画)を提唱していた。


カミオカンデによるニュートリノの検出
次のテーゼは、東大の小柴教授が岐阜県の神岡鉱山の地下1000mの坑道に1983年に建設し、超新星ニュートリノを世界初で捉えた<カミオカンデ>だった。この計画は、当初、宇宙線による陽子崩壊で生起するニュートリノの観測を狙いとした。小柴教授は、鉱山の坑道跡に3千トンの純水をたたえられるタンクを設置し、その内側に口径50cmの光電子倍増管3000本を内壁全面に設置し、ニュートリノによるチェレンコフ光を観測するものだった。小柴教授は、カミオカンデが完成する1987年3月に退官することになっていたが、陽子崩壊現象は観測できなかったものの、なんと1987年2月にマゼラン星雲で超新星爆発(II型)が発生し、カミオカンデが11個のニュートリノを観測することに成功した。これにより、小柴教授はノーベル賞に輝いた。
神岡では、その後5万トンの純水を蓄えられ、約1万3千本の光電子倍増管を設置したスーパーカミオカンデが建設され、本格的なニュートリノ・アンテナとして運用されてきている。スーパーカミオカンデは、今にも超新星爆発を起こすと言われているオリオン座の赤色超巨星ベテルギウスの観測への貢献も期待されている。


フッカー望遠鏡とハッブル宇宙望遠鏡
次のテーゼは、<アンドロメダ銀河とエドウィン・ハッブル>だった。1920年代の天文学の分野での大論争の論点は、「もろもろの銀河は天の川の内にあるのか、外にあるのか?」というものだった。これは、「アンドロメダ銀河は、天の川の内にあるのか、外にあるのか?」という問題に置き換えられる。宇宙空間に浮かぶハッブル宇宙望遠鏡に名前が付けられたハッブルは、ウィルソン山天文台の2.4mの反射望遠鏡を使って、アンドロメダ銀河の観測を行い、セファイド変光星を利用することにより、アンドロメダ銀河までの距離は、90万光年であるという結果を導き出して、アンドロメダは天の川銀河の外にあることを明るみにし、大論争に決着をつけた。しかしながら、この観測データは、後年、別の天文学者により230万光年と修正された。また、1925年には、銀河の分類体系化を行い、更に遠方銀河からの光が赤方偏移を起こしていることを明らかにし、宇宙が膨張を続けていることを明らかにした。これらの功績が認められ、アメリカが打ち上げた宇宙望遠鏡の名前に名を残す栄誉を授かった。


WMAPによる高精度CMB画像
最後のテーゼは、< CMB から WMAP >だった。CMB(Cosmic Microwave Background)は、衛星通信にも関係が深い背景放射雑音に関するもので、ガモフとアルファーが1948年4月に宇宙の始まりの最初の5分間にヘリウムが合成されたと予言したαβγ論文の後に、アルファーとハーマンがビッグバン開始後30万年で宇宙が晴れあがったことを予言した。その名残として、波長1ミクロンの猛烈な光が解放されたというものであった。この電波は、ベル研のペンジアス&ウィルソンが4.08GHzで3.5°Kの雑音が宇宙全体に広がっているという観測に成功し、ノーベル賞を授与された。
また、WMAPとは、デービッド・ウィルキンソンが主導したCMBの放射異方性分布を高精度で観測(MAP:Microwave Anisotropy Probe)しようとした計画である。WMAPより20年ほど先行したCOBE(宇宙背景放射探査機: Cosmic Background Explorer)の分解能は7度程度だったが、その功績が認められ、COBEのメンバーにはノーベル賞が授与された。
WMAPは、MAPの実行最中に逝去したウィルキンソンのイニシャルを冠したものである。WMAPはCOBEの分解能を20倍以上改善させ、0.3度で観測した。この計画では、日本人の当時東北大の博士課程の大学院生だった小松英一郎氏が抜擢され、この計画の数理解析チームで中心的な役割を果たした。最大の成果は、WMAPの観測データから、世界で初めてパワー・スペクトルを浮き彫りにしたことである。その結果から、例えば、宇宙の物質密度はどれくらいなのかという問題の解明に大きな貢献をしている。小松氏等の分析結果により、宇宙の年齢が137億年±1億年と算定され、ダークマターの物質密度割合などの様々な課題の解明に大きな影響を与えているとした。

講演の後、活発な質疑応答が行われ、参加者の今回の講演のテーマに関する関心の高さを実感した。

講演後の遠藤会長からの挨拶の中で、最近世界各国で打上げが増大している1辺が10㎝程度のピコサット衛星に関して、宇宙空間の物体の検知能力を勘案し、米国のFCCが衛星への衝突の可能性の増加を防ぐため、1辺が10㎝以下の衛星の打上げを認めないようにしようという動きがあるとの紹介があった。

次回のサテライト会講演会は、本年9月頃の開催を予定しており、詳細は、別途案内するとされた。



 


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