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Palau紀行  KDD OB 西川均さんからのお便り 

海底ケーブルのコンサルタントとして、Palau 島初めての海底ケーブル建設に従事されてきたKDD OBの西川均さんからお便りをいただきました。以下に紹介します。



 前世紀の20世紀までKDDに勤めてましたが、事情があり退職し、以降、海底ケーブルのコンサルタントとして海外キャリア・ベンダーさん向けに仕事しております。
 今回、アジア開発銀行融資で、Palau 島初めての海底ケーブル建設のため、同地を訪問しました。 ベンダーさんが日本メーカーながら、買い手側に日本語ができる人材がなく、私がスカウトされた次第です。
 毎日、Koror 市内から北部の陸揚げ局に行く途中にある旧日本軍の朽ち果てた短波無線アンテナ(社章の元と聞いてます)を見るたびに、胸が痛むとともに国際通信会社に勤務していた、はるか昔を思い出しました。(なんと、この施設跡は現地語で、KOKUSAI-TSUSHINというそうです。) 

  
 

又、陸揚げ局裏の丘には、旧日本軍の砲台陣地跡があり、有難いことに、日本財団の委託を受けた地元集落の老人が、写真のように、きれいに整備してまし
た。
 親日家の国で、国旗は、青い海に黄色い月をデザインしたものですが、私には日の丸に見えました。

  *
 2017年9月20日に無事検収試験(Commissioning & Acceptance Test)が終わり、金曜日にベンダー代表並びに地元(国営)通信会社のBoard Member (政府官僚?)らのご参加いただき、Provisional Acceptance の打ち合わせを行いました。 ここでの私の仕事の大半が終わりました。 

  
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 驚いたことに、12月初め予定の完成セレモニーでは、全国民に完成記念Tシャツが配布されることになりました。 国民2万人ですから配布数は驚きませんが、Kids 含めサイズの確認が行われるのにはビックリポンです。 また、当日は、大統領令で、祝日になる公算が大きいです。
 SEA-US 完成した日が、ハワイでMemorial Day になりましたが、それ以上の快挙でしょう。 
 街の呑み屋や、地元の皆から感謝され、エンジニア冥利というか、自分の人生、キャリアの最後で、こんなに人の役にたてるのが、嬉しい限りです。 回線需要はあるが少なく、建設費をペイできない南の島の海底ケーブルはビジネスになりません(今年1月PTCでも議論されてました)が、困難の逆境の中、人に感謝されることができるのは技術者冥利です。
 この後は、FSM (Federal States of Micronesia) の依頼で、Yap 島、そして、Chuuk (旧名トラック島)での仕事です。 旧日本軍敗退と逆の進路での地域協力への路です。






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  *
 最後の日は、ホテルから徒歩圏内の Belau National Museum に行きました。
 太古から、スペイン、ドイツ、日本統治そして戦後と歴史の順に展示されてます。 日本統治の時代の展示をみると、当時日本政府が整備した土地台帳が現在の土地境界線の争いの際の有力な証拠資料となってる旨とか、住み込み女中で日本人家庭に入り、和裁を奥様から教えてもらい戦後洋裁店を開けたと感謝する現地女性の談話など、日本への感謝が満載でした。
 館内写真撮影禁止故、半日費やし、膨大なメモをとってきました(右写真)。
 ともあれ、9月25日帰国し、26日には玉砕したペリリュー島に散った英霊たちの無念を想い、靖国神社に参拝に、まず行ってきました。

今年で仕事は店終いで、来年からは趣味のハイキング・酒、そして後身のために、どこかの大学で光海底ケーブル通信の講座をもつという、ささやかな人生設計がひっくり返りました。 その内容は、又、後日のお話しといたします。




  

以上  

2017年10月 西川 均   


 


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