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平野啓一郎著『葬送』を読んで

島崎 陽子

 平野啓一郎著『葬送』文庫本全4巻、先月やっと読み終えました。ショパン、サンド、ドラクロワを中心とした芸術家小説、当時のフランス二月革命やヨーロッパの政治情勢も織り交ぜながら物語は進んでいきます。当初、ドラクロワとその関係者との芸術論は退屈で退屈で、その上、ヨーロッパの石畳のような硬質な文章には馴染めず、数回挫折して他の本に移りながらも、やはり最後まで読み通したいという強い執念に訴えかけながら読み進めていきました。ドラクロワ宅やショパンのアパートを訪れてくる友人たちとの会話にはモーツァルトやベートーヴェンも頻繁に登場してきます。モーツァルト賛歌があり、ショパンの時代にもモーツァルトの重要性を垣間見ることができます。 ショパンが友人のフランショームと企画したコンサートでは、モーツァルトのピアノ三重奏ホ長調が演奏されていました。貴族のような出で立ち、オーデコロンの香りのするショパンが奏でるモーツァルトはどんなふうだったのかしら、想像力を最大限に膨らましながら空想の演奏会を楽しみました。
 小説の軸となっているのは、ショパンの人生におけるサンドとその子供たちの存在です。ショパンと子供たちとの確執、サンドの娘婿の膨大な借金、その借金返済のために娘の持参金目的に結婚をしたこと、ショパンの石膏の手、デスマスク、墓石がその娘婿、彫刻家のクレザンジュの手によるものであることを初めてこの本で知りました。最期の息を引き取る際にサンドが現れるのかどうか、最後の最後まで目を離せませんでした。ショパンが自分の葬送に選曲したのはモーツァルトのレクイエムです。葬儀が取り行われたマドレーヌ寺院や終焉の地、ヴァンドーム広場の元アパートには20年以上も前に訪れている私ですが、次回のパリ訪問はショパンをぐっと身近に感じながらの散策となることでしょう。ポーランド人としての矜持を生涯貫き通したショパン。彼の音楽に触れる度に彼の繊細さ、ひたむきさ、プライド、時には頑固一徹さが彷彿としてきて、以前の数倍も生身のショパンを感じるようになりました。辻井伸行の演奏がお気に入りです。
 そして今、最初のページからまた丁寧に読み直しています。・・・・平野啓一郎、感動の描写場面「ショパンは、一頃多くの青年達が真似をした有名な山羊革の白い手袋を脱いで、その脱いだ手袋以上に白い手で、それを無造作に卓の上に置いた。…男女を問わず、誰もがその手に憧れた。支那の竹細工のようにしなやかな、節の膨らんだ細く長い指。肉の薄い甲。少し平らになった指先とその平らになった分だけ短くなった艶々しい爪。謐々たる生命の行き交いが時に葉脈をさえ連想させる血管。薄く覆った金色の産毛。そして、和音を押さえる鍵の凹凸さながらに波打つ骨の浮き立ち」・・・・・たまりませんねえ、ほれぼれしちゃいます。平野啓一郎の大ファンになりました。知人にこの本について語ると、辻井伸行のショパン、ピアノソナタ第2番が返ってきました。この曲以外はありえないと思うほどこの小説にマッチしています。オーデコロンのショパンに首っ丈の今日この頃です。この後は『マチネの終わりに』が待っています。音楽仲間の80代女性が薦めてくれました。楽しみ楽しみ…。  (2018.2.25)




「ジョルジュ・サンドの前でピアノを弾くフレデリック・ショパン」
ドラクロワ(1838年)


 


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