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- もくじ -
k-unet25周年懇親会でのスライド紹介
ビデオレター(遠藤榮造さんへのインタビュー)
不死鳥物語特別寄稿
懇親会の模様(写真集)

 k-unet創立20周年懇親会が去る4月24日に新宿ワシントンホテルの天津飯店において大勢の会員の方がお集まりくださり盛大に開催されました。懇親会では思い出話し、思い出写真などが披露され皆さんスクリーンに懐かしそうに見入ったのでした。また、クイズ(豪華賞品付き)などの楽しい企画も有り和気藹々楽しい雰囲気を楽しんで頂きましたことををご報告いたします。
 創立に係われた遠藤栄造さん(97歳)がビデオレターでご出演なさり記憶力鮮明にお話下さったのは印象的でした。体調優れない中、お嬢様に伴われ那須から駆けつけてくださった初代代表の石川恭久さんは退出なさる頃はマイク片手に名残惜しそうにお話しくださいました。創立当時の先輩の方々がご健在なご様子に一同感銘を受け、今後もk-unetをしっかりと受け継いでいかなくてはと決意を新たにしています。


 
◆ k-unet20周年懇親会で皆さんにご覧いただいたスライドを
  紹介します。


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◆ ビデオレター(遠藤榮造さんへのインタビュー)

 

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 特別寄稿

◆ビデオレター収録後に遠藤さんからメールにて特別寄稿を送っていただきました。





仕事の流れを時系列で整理

2018年3月10日 
遠藤栄造 


① KDDの設立(1953年)は、まさに戦後の復興期に当たり、欧米で開発してきた新技術(電話を可能とする新型海底ケーブルや衛星システムなど)の導入に追われた時代でした。

⓶ 遠藤も、東南アジアケーブル計画のJAICA調査団や太平洋ケーブル建設運用協定などの1部を担当。特に、旧長崎ーウラジオストク電信ケーブルの近代化では当初の建設協定を担当。
 1963年GNTC本社(コペンハーゲン)でのKDD(八藤副社長)・GNTC社長・ソ連郵電省次官の3者会談に 参加し、新型ケーブル(直江津―ナホトカ間)の建設を確定した。

③ 1965年頃から遠藤は、暫定協定下のインテルサットを担当。1969年から始まったインテルサットの恒久協定交渉の日本代表団一員として協定成立までの3年間ワシントン(国務省)において国際会議に参加(概ね年3回ー毎回30日程度の出張)。その後ワシントン事務所長として、恒久制度下の理事会・各種委員会などをサポート。

④ 1975年インマルサット設立に向けた国際会議の開催に伴い、本社の指示で、ワシントンからロンドンのインマル国際会議に参加。その後は、ヨーロッパ各地で開催のインマル設立協議も担当。

⑤ インマルの設立交渉を複雑にしたのが、1975年打ち上げの米コムサットのマリサット衛星。KDDは、日本の商船隊の要望に応えてマリサット・サービスを導入。また、マリサット・インド洋衛星のコントロールも引き受けた。
 兎も角、海事衛星の実力は(技術的にも経済力も)米側にあるが、欧側はインマルをIMO(本部ロンドン)の主導で設立し、その実権も握りたいところ。日本(KDD)としては、インマル(国際機関)の設立を支持し、マリサットに反対すると云う自己矛盾の立場であった。その事情は、衛星に軍事用部分が相乗りしていたからである。
 結局、欧側にはインマル用の衛星供給の目途が立たず、協議を重ねた上で、日本提案によりマリサット衛星をインマルにリースする方式で、細部の交渉が進みインマルが1982年から運用に入ったと云う次第。

 ワシントンからロンドンの第1回インマル設立交渉の政府間会議に参加したことをさきに述べましたが、そこで多くの旧知に出会いました。
 その中で、インテルサット恒久協定を国会承認まで、お世話になった当時の外務省担当官「野村一成」さん(駐英大使館・参事官でインマル会議日本代表団の代表代理)と再会。ご自宅で夕食を頂き感激でした。なお、野村さんは、順調に外務省の要職(ロシア連邦大使等)を経て、宮内庁の東宮職(東宮太夫)を務めた方です。

 なお、上記の国会承認手続きは、ご存知の通りインテルサット恒久制度への加盟と共に協定文書を国内法としても施行するのに必要なもので、予めKDDと郵政省(監督官庁)で、日本語版に翻訳した協定文書を、凡そ1か月ほど掛けて、内閣法制局において審議を受けた訳です。
 この審議には、外務省の野村さんや郵政の担当官とKDDの遠藤の3人が参加。深夜にわたる厳しい作業でした。

 インマルサット条約の場合も同様の手続きを経ていますが、国会の承認ではインマル条約(ソ連など東側も加盟)は全会一致でしたが、それより前のインテルの場合はソ連などが不参加のため、一部の反対がありました。時代の変遷を感じますね。

 思い出話は限りが無いので、打ち切りにしたいと思います。些かでもご参考になれば幸いです。20年前のk-umet設立協議も、振り返れば問題は多々あったが、前向きの同志との協議で1年足らずで纏まったことを覚えています。

 


 k-unet20周年懇親会の模様




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