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  会員の広場


  ご長寿おめでとうございます
   ― 長寿の広場 
 
このページでは米寿あるいは喜寿を迎えられた会員の皆さんに寄稿をお願いし、いただいたメッセージを掲載しています。

INDEX (お名前をクリックすると記事にジャンプします)
 米寿を迎えて
岡田哲也さん

 喜寿を迎えて
 
 
 
米寿を迎えて
 

 
日頃心掛けておられる健康法、日々の過ごし方
いつのまにか米寿になっていた、というわけで、特別な健康法などはない。寿命というものだろう。その証拠に、腹部大動脈瘤の人口血管置換手術とか(みぞおちから両腿10cmまでの大動脈、腹を40cm切開)、右肺気胸で開いた穴が自然治癒せず手術で塞いだとか、総胆管結石除去を3回もトライしたとか、4年前には、胃がんを間一髪で内視鏡切除で切り抜けたなど、人一倍体には傷がある。この手術は、あと半年後で大丈夫と言うかかりつけ医を説き伏せてやったもので、たまたま2mmの早期腺癌があり、内視鏡でスプーンでアイスクリームを掬い取るようにして取り除いたもので、3週間後には普通に酒が飲めた。あと半年遅かったら胃袋3分の1か2は切除しなくてはならかった。だから、区役所で無料でやってくれる検診以外に、胃カメラ、血液検査、心電図、血管硬化度の測定などは健康保険で半年に1度はやるようにしている。ただ間違えてはいけないのは、あくまで早期発見のためであって、予防ではないことで、罹る罹らないはそれこそ運だと思う。かかりつけ医とは15年以上の付き合いなので、気ごころは知り合っているが、一般には、後期高齢者になると医者は、真剣にならない場合がある。いつ死んでも平均寿命以上なんだから、それが天命だと思えということだ。私はいつも、私にはその気持ちは絶対に棄ててくれと言っている。「俺は絶対に医者に掛からない」、なんて空威張りしている人を軽蔑する。家族のことを考えていないからだ。
 最近うれしかったこと
去る5月に曾孫第2号が誕生した。男子である。7月1日に3回目の祥月命日を迎える妻が、わが子から曾孫第1号まで5人(子供2人、孫2人、曾孫1号)が全部お姫さまだったので、さぞや、男の子を抱きたかっただろうと思い、自分が抱いたミスター1号の産着に落ちる涙が止まらなかった。一丁前にお蚕さんみたいな一物がちゃんとついていた。曾孫1号は美形の面影があり、第2号はイケメンの相があり、贔屓目だけど、将来親の心配の種にならなければよいがと思っている。されど、この子達の将来には、自然界を始め国の内外に明るい材料が見当たらない。気象庁の発表通りなら40代までに大地震に必ず見舞われるだろうし、国防や国の経済、社会保障どれをとっても今より良くなる見通しが立たない。せめてあの世から見守るしかないのが、もどかしい。
 KDD時代の思い出(アルゼンチンにいた時の話
駐在商社や政府機関(大使館、当時の独占企業KDD,JAL、輸出入銀行、JETRO)のゴルフ好きが結成している「オンブー会」という会が毎月コンペを行っていた。1984年末にウルグアイのモンテビデオとプンタ・デル・エステ=東の突先(WTOのウルグアイ・ラウンドが行われた所)で一泊2ラウンドのコンペを行った。たまたま、その年にJALが成田~リオ・デ・ジャネイロ間直通路線を開設し、その記念に日本往復ビジネスクラス搭乗券を副賞に提供してくれた。このコンペで私が優勝しそれを頂だいた。現地企業の社長達は羨ましがった。当時の為替レートは1ドル250円くらいだった。日本往復のビジネスクラスは3000ドルくらいしていたので、約70~80万円くらいの価値があった。さらに、純銀のカップがついた。航空券で娘を一時帰国させた。現役時代から定年後を通して、こんな高価な副賞がでたコンペは2度となかったし、仲間や友人にも、こんな高価な賞品のでるコンペをした者がいないので、一生の自慢話として語れる思い出である。
 その他のこと (戒名の生前受戒)
東京オリンピックが見られれば満90歳、卒寿になる。それまでは、なんとか行けそうな気がするが、その先は分からない。それこそ一番信じていない”神”?のみぞ知るである。最近は葬式に関していろいろなやり方があり、宣伝が姦しい。でも、妻と生前に墓を作ってしまったので、お寺さんが決まっているため、勝手には行かない。旧来形の葬式をせざるを得ない。でも、少しでも子供がいない次女のために、出費を抑えておこうと生前に戒名を付けることにした。自分で作った戒名である。さりとて、どんな形、文字でもいいというものではない。ちゃんとお寺が認めてくれなくてはならない。ネットで調べたり、宗派の戒律を調べた上で作ったのだから、お寺も承認せざるを得ないようにもっていった。それを今日確認した。葬式の時に付けるのと生前受戒(と言う)では10万円~20万円は安くなる。こうしておけば、死んだときにはお寺へのお経料だけですみ、葬儀は合理的な葬儀屋にやらせれば随分と経済的に上がるという寸法である。これからは、現世と冥途の両方の名前を背負って生きて行く。 と、こんなところで、長寿の広場欄へのコメントは終りです。
(妻の3周期と自分の戒名を決めた日、2018.7.1記)




 
日頃心掛けておられる健康法、日々の過ごし方
  なるべく身体を動かす。
  妻ができなくなったので家事いっさいをしていると、そうなります。
 最近うれしかったこと
  とくにありません。
 最近気になること、気がついたこと  
  外交、政治、医療制度、介護、家内のことなどなど沢山ありすぎて答えられません。
 KDD時代の思い出
  よき時代でした。
  電子計算機による初めての電報自動中継システムの開発に没頭できたことは
  生涯忘れられません。
 その他 (どのような事でも)
  KDDの企業年金にはほんとうに助かっています。
  感謝しています。


 
   
 
喜寿を迎えて
 
浦野 義頼さん

 日頃心掛けておられる健康法、日々の過ごし方
早稲田大学大学院国際情報通信研究科GITSを退職後、特段のアクティビティを行ってきていませんでしたが、人生100年時代ということで、多くのシニアの皆様たちが活躍されているのを見て、もう少し、社会とのかかわりを持つことを大切にしたいと思っています。最近、中央大学の辻井重男教授が後期高齢者の世代ももっと光り輝く人生を送ろうと呼びかけられ、設立された『光輝会』に参加しました。
 最近うれしかったこと
GITS浦野研究室の卒業生たちが、世界各地で、とりわけKDDIの各分野で活躍し始めていることです。因みに、その中の一人が、最近、TV番組で最新の研究成果を発表しているのを視聴しました。また、彼がKDDI総合研究所で業務・技術功績賞を受賞したとの知らせも届きました。
 その他
私はKDD入社以来、退職するまで研究所勤務でした。昨年、旧情報処理研究室の関係者らとの懇親会をもちましたが、上福岡研究所の思い出話が多く出てきました。上福岡研究所の設立は昭和62年8月ですから、30周年にあたっていました。そこで、懇親会の名称をKFO30(仮称)としました。ということで、今年(2018)も8月頃、KFO31の開催を予定しています。当時の写真や資料を肴にして楽しい時間を持ちたいと思います。ご興味のある方はご一報ください。


塩野 正昭さん

 日頃心掛けておられる健康法、日々の過ごし方
  特に、これっということはしていないのですが、
  ストレスを溜めないようにはしています。
  今年3月末で、今勤めている会社を退職し、やっと
  自由な身になれます。サラリーマン生活57年間よく
  頑張ったと思っています。
  
  これから好きなことをやっていこうかと考えています
  (旅行、テニスに、ジム通いで身体を維持して
  いこうと思っています)。
 最近うれしかったこと
今年、娘の孫が成人式を迎えたこと、下の孫娘が高校を卒業し、獣医の専門学校で勉強することぐらいでしょうか。
元気に育ってくれていることが一番嬉しいですね。

 最近気になること、気が付いたこと 
  日本の社会が、何か変な方向に行かないか心配です。
  世界的な立場も薄らいできているようですし・・・
 KDD時代の思い出
長年に亘りいろいろと勉強させて頂きました。
特に、旧KDDを早期退職し、旧IDO携帯電話事業に関わることが出来、さらに3社の合併により現在のKDDIにまた戻ってしまいました。
しかし、auとしての携帯電話の基礎事業に携わり、現在のauとしての基盤を築いて来られたことが最高の思い出となっています。

 その他 (どのような事でも結構です)
 妻と二人で、健康を維持しながら、これから先を楽しみたいと思っております。



山本 昭男さん


 喜寿を迎えるにあたって
 喜寿は77歳のことであるが、長寿関係の祝いは、数え年でするのが、習慣となっているとのことで、小生も今年k-unetで祝っていただくこととなった。
 最近読んだ本「Life Shift」(100年時代の人生戦略)によると、人間の平均寿命は、1840年以降10年ごとに2~3年のペースでほぼ直線的に伸びている。しかもこのペースに今なお減速傾向が見られないと書かれている。これによると今年喜寿を迎える世代のうち半数が85歳~90歳に到達すると推測される。
 10数年前、大病を患い、奇跡的に助かって以来、家族、担当医師等に感謝しながら毎日を大切に過ごしてきた小生にとっては、さらに10年の時間は大変ありがたいものである。今後もこの感謝の気持ちを持ち続けながら、できるだけ社会のお世話になることなく、楽しく元気に過ごせるよう計画的に生きていきたいと思っている。


巻田 文男さん
 

 喜寿を迎えて
 去年暮れまでは、朝夕に1時間以上、犬と一緒に散歩を続けてきたので、運動が自然にでき、癒されていた。ところが、相棒の犬が15歳で逝ってしまい、生活にいささかの空虚感が生まれている。これまでになく、日々の心身の健康維持をどう図ろうかと考えさせられている。
 「下手な横好き」のゴルフをもっとやろう、パソコンでの作業は認知機能の維持に良いと一人合点して、もっと続けようと思っている。実際、家にいる時にはパソコンの前で多くの時間を過ごしている。
ゴルフとパソコンに関心を持ち、かくも好きになったキッカケがKDD時代にあって、忘れ難い思い出となっている。
 ロンドンへ出向することになった時である。「ゴルフ発祥の地へ行くんだからゴルフを始めてこいよ」と先輩からクラブ3本をいただいた。そして、イギリスでゴルフが身近で安くプレーでき、それまでプレーもせずに嫌いだったゴルフが好きになって、今に至っている。その先輩の有難い3本のクラブのお蔭であった。
 5年ほどして会社に戻った頃は書類作りをワープロやパソコンに頼る時代になり始めていて、習いもせずに浦島太郎の心境になってしまい、その様な機器が並んでいるコーナーを疎んじていた。そうこうして、ブラッセルへ行くことになった時だった。「DOS/VというOSが発表されて、海外で主流のIBM’ PC/AT機でも日本語が使えるようになるよ」と同僚から教わり、DOS/Vソフトなるものをいただいた。そして、ベルギーでPC/AT互換機を安く買うことができ、悪戦苦闘してDOS/Vで日本語化し、ブラッセルの日本企業のお助けをするほどの「パソコンお宅」になってしまい、今に至っている。その同僚の先進のアドバイスとDOS/Vのお蔭であった。
 人生にはいろいろな節目があり、ちょっとしたキッカケから次の生活に変化がもたらされるものだなあと思い返している。今は喜寿の節目を迎えて、どんな生活の変化がもたらされるのかと期待している。
2018年3月にて数え年77歳となり記す



西澤 太郎さん

 日頃心掛けておられる健康法、日々の過ごし方 
第一に食事(妻にお願いするだけでなく自分でも注目しています)、第二に運動として毎朝の愛犬との40分ほどの散歩、週に2~3回 1時間半程度のテニスすることです。
 最近うれしかったこと
庭に作った畑のジャガイモが花を持ち、収穫を楽しみにしています。
 最近気になること、気が付いたこと 
歩行中に転倒でケガをして、脳神経外科による複数回の精密検査で脳にダメージがないことが判明しましたが、血圧がかなり高いことが発見され治療に入りました。4か月ほど経過して少し落ち着いてきましたが、今後薬を続けることになると思うと憂鬱です。筋力トレーニングを始めようかとも思っています。
 KDD時代の思い出
入社した時、短波による無線通信業務に従事して以来、短波による船舶通信(電話)のシステム開発・設計、短波の移動通信のディジタル化、自動化システムの開発のための短波の電波伝搬実験と結果の国際会議への報告、関連する通信設備の開発設計に携われたことです。これらの仕事で関係した先輩・同僚と楽しく過ごせたことに深く感謝しています。
また、もう20年前になりますが長野オリンピックの時、現地の国際放送センターで全世界に映像・音声を伝送する仕事を最後に退社できたことも忘れられない思い出です。

 その他
あるきっかけで終活を始めましたが、なかなか物・資料の整理が進まずに困っています。
また、妻より先に私が人生を終えるのは、ほぼ間違いないとの思いから、その時、妻が各種手続きに困らないようにとりあえず外部に委託する手続きをしました。


 
 


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