名曲ピックアップ

 
カミーユ・サン=サーンス 
交響曲 第3番 ハ短調Op78

パリ管弦楽団
指揮:パーヴォ・ヤルヴィ

Charles-Camille Saint-Saëns (1835-1921)
Symphony No 3 in C minor, Op 78
Orchestre de Paris
Paavo Järvi, conductor
 
 2021年、没後100年を迎えるサンサーンスの人気作品、交響曲第3番をピックアップしました。有名なオルガン付きの交響曲です。
 
(楳本)
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ラテン音楽のお話し(No.7)  

 

by Kuno Joaquín Casimilla

ボリビア   アンデス・フォルクローレ

 

 ボリビアに関して音楽を主体にして語るのは、かなり骨が折れます。なぜかと言うと、この国はペルーの隣国であって、昔のインカ帝国の版図の中心だったから音楽に関してもペルーと同じようなもので、アンデス・フォルクローレに尽きるように感じるからです。そこで、ボリビアに関しては、音楽の話はさらっと済ませて、遺跡とか風習とか、観光ポイントなどの話をしてみようと思います。

世界一高地にある
エル・アルト国際空港

 ボリビアの音楽は、基本的にはアンデス・フォルクローレであって、ペルーの高原音楽と変わりません。ペルー編でも書いたと思いますが、アンデス音楽を愛するインカ族の子孫であるアイマラ族とかケチュア族には、音楽に関してはペルーもボリビアもありません。日本で知られているボリビア音楽というのは、ペルーのフォルクローレなどを演奏する日本人のバンドがやるもので、少ないと思います。私の知っている曲は、ボリビアの人気グループ、ロス・カルカスが演奏した「ワ・ヤ・ヤイ」というフォルクローレくらいです。これはNHK・FMの「中南米音楽の旅」という番組で、私の友人のディスクジョッキーの竹村淳さんが放送して、反響が大きかったと言うことを聞いています。

 ポピュラーなものはインカ時代から伝わる調子のよい二拍子の踊り用の曲、ウワイノ、クエッカ、タキラリと言ったよう曲で、たくましく力強いものが多いようです。フォルクローレですから、踊はどこの国の民族舞踊も同じように、男女がペアーになって、女性がハンカチのような布を持って、ひらひらさせながら回って踊ると言うようなものです。

ペーニャでライブを聞く

使われる楽器はアンデス・フォルクローレには欠かすことができないケーナ、サンポーニャ、ピファノ、ピンキージョなどです。ケーナはもうご存知だとおもいますが、竹の管に切り込みをいれた縦笛、サンポーニャは長さの違う竹の管を束ねたパンパイプ、ピファノは竹製の横笛、ピンキージョは縦笛です。これにギターを小さくしたような弦楽器のチャランゴが欠かせません。
 その国の音楽は大都市にあるペーニャ(ライブハウス)で聞くことができます。ボリビアでも首都(法律上の首都はスクレ)ラ・パスに幾つかあるペーニャへ行けばいつでも聞けます。ただし、終わりは午前様になるのを覚悟しないといけません。疲れている旅行者には、ねる頃にはリズムの良い音楽が、子守歌になっている人が多いようです。

 ボリビアの首都ラ・パスの中心部にある、サン・フランシスコ教会は、1549年にスペインの植民地化が始まるとすぐに建てられた教会です。丸屋根の塔が美しいバロック風の建物で、入り口はムデハル;様式と言って、花弁のような切り込みがあり、中世スペインの特徴的なデザインです。教会の前は市内の目抜き通りで、どんな用があるのか、いつも、大勢の人々が集まっています。人々の半数以上はインディヘナ(インディオと言う呼び方は差別用語なので使いません)で、特に女性はスカートを何枚も重ねた独特の衣装を着て、出身地ごとに区別された帽子をかぶり、背中にカラフルな織物で包んだ荷物を背負っています。左側のサガルナガ坂の上には、原住民の市が1年中開かれていて、生活に関わるあらゆる品物が揃っています。日本製の電気製品などもたくさんあります。 ボリビアは、ペルーと共に南米で最も民芸品、手工芸品の豊富な国で、1軒の店でもつぶさに見ていようものなら、たちまち数時間が経ってしまいそうです。

ラ・パスのボリビア最大の
教会

 ラ・パスから北に道を取り、ペルーとの国境線が通るチチカカ湖へ向かいます。途中の村々には、トラックの運転手や、沖の小島に渡る旅行者などが屯す、小さな食べ物屋があります。ちょいと寄って、パンチョ(コッペパンのような形をしている固いパンにチョリッソを挟んだホットドッグ) を食べ、セブン・アップかコカ(コーラのこと)を飲んで、少しの時間駄弁る所です。インディヘナは、一見従順で素朴な感じで、旅行者を誤魔化す事などしないと思っていましたが、どうして、中々の商売上手だということを体験しました。ラ・パスの路上では、煙草やガム、キャラメルなどを一本づつ一個づつ売っていますが、これが結構いい商売になり、稼いだ金でバスや自動車を買い、これを個人や会社に貸して、さらに儲ける人たちがいると言う話しを聞きました。

ラ・パスからチチカカ湖
への道、
打ち捨てられた
古いトトラ船

 チチカカ湖は海抜3890メートルで、アンデス山脈のほぼ中央に位置する、世界で一番高い湖です。琵琶湖の約⒓倍あり中央部にボリビアとペルーの国境線が走っています。チチカカ湖は上空から見ると、プーマ(南北アメリカ大陸に住む猫科の動物;豹)が兎を咥えている姿に似ていると言われています。たしかに、北西のペルー領から南東方向にかけて、プーマが飛びかかり、兎の喉笛に噛み付いている姿に見えます。正式名称は、プーマの部分をチチカカ湖、兎の部分をウマイマルカ湖あるいはラゴ・チーコ(小さい湖)と呼びます。可哀想な兎はボリビア側にあり、奇しくも、収奪される歴史を重ねてきた哀れな国の、宿命を現しているようでもあります。
 ボリビア領のアンデス高原でチワナコ文明を築いたインディヘナはインカ帝国に征服され、その後、スペインに支配され、独立以後は、チリやパラグアイとの戦争に敗れ、国土が半分以上も減ってしまったと言う気の毒な民族です。地下に豊富な天然資源を持ちながら、開発資金が無いため、資源が活用されず、採掘されても外国資本に持っていかれる悲哀が永年続いた哀れな国で、「黄金の椅子に眠る乞食」と言われてきました。1982年のメキシコの債務破綻以降、ラテン・アメリカ諸国では経済停滞が続き貧富の差が拡大しましたが、そうゆう話はここでは触れないことにいたします。

ボリビア最北部、チチカカ湖に面したペルーとの国境の町コパカバーナ

 ラ・パスからチチカカ湖への道とは正反対に南へ230キロ、車で3時間も走ると、昔は錫鉱山で栄えたオルーロの町ヘ着きます。ここのカーニバルは、リオのカーニバル(ブラジル)、クスコのインティ・ライミ(ペルー)と共に、南米の3大祭りの一つに数えられている有名な祭りです。ここのインディヘナの市は、鉄道線路の両側に露店が広がり、一部は枕木の上まで進出していますが、1日に何本か列車が通る度に、汽笛に追われるように急いで荷物をまとめて線路脇に避難します。日本ではとても想像できない光景ですが、彼らは慣れたもので平然としています。

乾燥したコカの葉を売る
インディヘナの女

 売っているのは主に食料品ですが、観光客に珍しいのは、乾燥したコカの葉を売っていることです。 麻薬のコカインの原料になるものですが、本物のコカインにするには、その数千倍とか数万倍の原料葉が必要だと言われます。私もあちこちで、幾度かコカの葉を煎じたコカ茶を飲んだり、口の中で噛んだりしましたが、決して美味しい物ではありません。何となく生臭いだけで、味も香りもしません。それでも、高地のホテルでは、高山病の予防にと旅行客に出します。路上で売っている乾燥コカ葉は飲むだけではなく、占いにも使われます。乾燥した葉を、目の高さ辺りから地面に落とし、落ちた葉の形や高さで、色々なことを占うのだそうです。

 オルーロからさらに南に下ると近年観光名所になっているウジュニ塩湖(uyuniと書くがyuはジュと発音する方が多い)があります。南米大陸のこの辺りは、アルゼンチンのリンコン塩湖とかチリのアタカマ塩湖などがあり、湖底には世界の凡そ80%とも言われるレアメタルのリチュームが眠っています。ウジュニ湖といえば2008年の5月、日本のゴールデンウイークにボリビアへ行った日本人観光客が、イスラエル人観光客を乗せた車と衝突して5人が死亡した悲しい事故が起きています。

線路の両側に広がる
インディヘナの青空市

 ボリビアの首都ラ・パスの国際空港は「エル・アルト空港」といい、海抜4080メートルにあり、世界最高地の空港です。旅行社によっては、ここへ着いた客に「;世界最高地空港へ来た」と言う証明書をくれる会社もあります。この他にも世界一高いと言われるものに、スキー場、サッカー場、ゴルフ場などがあります。ラ・パスは擂鉢の底に開けたような街で、空港から市内に入るには擂鉢の縁を通らなくてはなりません。下へ行くほど空気が濃くなるので低地が高級住宅地です。空港 に着いて飛行機から出て普通に歩こうものなら、たちまちソロッチェ(高山病)にかかってしまいます。頭痛がしてきてからでは遅いのです。最低1~2日は無駄にしなくてはなりません。鼻血が出ればしめたものだ。気圧が低くて頭に上った血が溢れ出るので、これで楽になります。私は、ホテルで酸素ボンベを借りて酸素を吸ったのですが、これがさっぱり効果がなかったのを思い出します。味も臭いも無く、ただシューシューと口の中に気体がはいっているのが感じられるだけで、30分も吸っていても体調に変化はありませんでした。マラソン選手などがゴールした直後に酸素を吸っているのを見るけど、あれで本当に効いているのでしょうか。

荒山の向こうに世界最高地のゴルフ場がある、遠い建物はクラブハウス

 高地に住むと赤血球が多くなり、重労働でも息が上がらなくなります。マラソン選手などがよく高地へトレーニングにでかけるのはそのためです。しかし、だからといってボリビアの選手がどんなスポーツにも強いとはいえません。高地住民は高地用に体ができているので、空気の薄い所では強いが、平地にはまた別の条件があるようです。ボリビアは2002年のワールドカップ南米予選で敗退しました。しかし、もし、ワールドカップがラ・パスで行われれば、間違いなくボリビアが優勝するでしょう。世界一高地のゴルフ
場は球が良く飛びます。ある日本人駐在員が、5番アイアンで250ヤード以上もキャリーで飛んだと喜んでいました。しかし、慣れない人間がプレーしようものなら、1番のグリーンへ行くまでにダウンしてしまいます。

チワナクの代表的遺跡、
太陽の門

 空気は平地の30%くらい薄いので御飯も早く炊き上がる、しかし、芯が残るので圧力釜じゃないと駄目。ラ・パスは擂鉢の中の街なので坂だらけです、低酸素地帯を走る車はエンジンの馬力が30%は落ちるため古い車は走れません。そのためラ・パスの街には新車が多い。他の南米の国から来た人間には、始めは、なんでこの国は自動車だけは新しいのが多いのか不審に思えますが、理由を聞いて納得します。
 
 チワナコ遺跡で有名なのが、太陽の門です。チワナコの巨石文化を代表する、あの門の上部の横石にはひびが入っていますが、1908年の地震でできたものです。この他にも発掘された遺跡がありますが、中でも半地下の宮殿跡で、周囲の石の壁には200個位の人の首が飾られている遺跡が有名です。

エドアルド・アバロア将軍像

 チワナコ遺跡からチチカカ湖までは70キロ余りですが、チチカカ湖といっても最初に着くのは、本物のチチカカ湖とラゴ・チーコ(小さい湖)が繋がっている狭い水道部分です。 湖の畔にコンクリートでできた記念碑が建っています。台座の上には、1879年3月28日の戦いで死んだ英雄エドアルド・アバロア将軍が、右腕を西(太平洋方向)に向けて伸ばした銅像が乗っています。ボリビアにとって、悔やんでも悔やみきれない、太平洋戦争のモニュメントです。台座の一方の面には、国民が西の海を望んでいる姿の画があり、「ボリビアは海への出口を要求する」と書かれています。反対側には、ボリビア軍が銃剣でチリ兵をやっつけている絵が画いてある。ボリビアの太平洋への出口の欲求は、日本の北方領土返還の悲願と同じようなものでしょうが、こちらの方は、国の繁栄が止まって以来すでに130年以上も訴えつづけています。チリが返還に応じる可能性などは、殆ど無いでしょうから、ボリビアにとっては未来永劫に背負わなければならない宿命であります。この戦争の経緯を、ボリビアの「アマルゴ・マル=悲嘆の海(オスカル・ソリア脚本、アントニオ・エグイーノ監督、製作年月日不詳)」と言う映画で詳しく紹介されています。元祖、太平洋戦争と言われますが日本人には殆ど知られていないでしょう。 

夕暮れに家畜を
連れて帰る農夫

 チチカカ湖のほとりを走っていると、リャーマを引いた農夫に出会うことがある。リャーマはアルパカと共に、農民が長い年月をかけて家畜化した動物で、らくだ科のなかなか気難しい動物です。背中の荷物が20キロ以上にもなると動かなくなり、無理に立たせようとすると、唾をはいたり足で蹴ったりする、わがままな動物です。らくだ科には、この他に、大きい順に、ビクーニャ、グアナコがいるが、これらは野生のままで保護動物ですが、近年は毛皮獲りの密漁にやられ、減ってきているそうです。

 兎を咥えたプーマの口あたりにある町が、チチカカ湖に突き出たボリビア最西端の町、コパカバーナです。

30年前のチワナク衛星通信所アンテナ

 昔インカ帝国のメッカであった町で、アンデスの高原地方との交流に利用された石畳のインカ道が今でも残されています。リオ・デ・ジャネイロの海岸と同じ名前ですが、リオの華やかさとは全く違い、各地のキリスト教信者が集まる信仰の町です。窟のようなトンネルの奥には褐色の肌の聖母マリア像があります。スペイン人が原住民の感情を考え、肌の色を原住民と同じような色にしたと
伝えられています。

 ラ・パスの夜は、やはりペーニャのフォルクレオーレを楽しむことが一番です。2~3日もいれば高山病も治るので、高原地方のフォルクローレを聞き、踊りを見ながら、ボリビアの地酒チュフライや、シンガーニャなどを嗜むのが最高です。素朴なメロディを聞いていると、いつ笑うのかと思うほど、他人には決して笑顔を見せない原住民の、もの悲しさの心の奥底を伺い知ることがで  
きるかも知れません。

ラパス市の上下を結ぶ
ロープエウエー

 ラ・パスの街も近年は埋蔵地下資源の採掘も国の手でおこなわれ、経済的に随分と変わりました。すり鉢型市内も底から上の街がロープウエーで結ばれるようになり、近代化しました。まだまだ可能性の高い国でもあります。
 (おわり 完) 

 

 

 

 本号をもちまして「ラテンアメリカ音楽講座」を終わりといたします。最後の章が音楽講座らしからぬ中途半端なものになりましたことをお詫び申し上げます。僅か7回でしたが、ご愛読下さいまして有難うございました。ご縁があったらまた紙上でお会いしましょう。
¡Hasta la la próxima vez y que sigan bien de salud! Joaquín  

 

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