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2019年 8月(掲載中) 5月 4月 3月 2月 1月 
2018年 12月 11月 10月 9月 8月 7月 6月

 

 

- 車社会を生きて -


 今、運転免許の返納を何年後にしょうかと考え始めています。特に今年になっての車社会が怖くなりました。高齢者ドライバーによる不慮の事故やあおり運転の被害など・・・。
車大好き人間の父と、やけに車種に詳しい兄の下に育ち、車には幼い頃から親しんで来ましたが、昔はもっと車をこよなく愛し、車体を磨き上げ我が子のように慈しんで運転していた時代だと思います。特に大正14年生まれの父の世代は、自家用車を持つことがステータスシンボルだったような気がします。海軍士官として戦艦・伊勢に乗っていたからか、陸海空と全ての乗り物に興味を示す父がある日突然、自宅の前に大きな、いかついボンネットとガシッとしたフロントバンパーの車をドーンと止めたときは、ついに父が「自動車を買っちゃった」と家族全員が戦々恐々でした。まだ3歳くらいだった私は「シボレー」だの「ムスタング」とか怪獣のようなカタカナ言葉を覚えていますから、アメリカ車だったのでしょう。このコワモテの車は胴体に似合わず、箱根の家族ドライブのときは毎回、上り坂でエンストを起こしました。このときとばかりは母が「だから、こういう面倒な車をあなたが買うからよ」とプリプリに怒っていましたっけ。
20歳になって運転免許を取得、初心者マークで父と兄を乗せて、夜の六本木や広尾で練習したのですがある夜、パトカーに止められました。ポリスマンが「あまりにノロノロ走っている車なので、怪しいと思って止めた」とのことでしたが、ヘタクソな娘の運転に同情したのか、すぐに「お気をつけて」と放免されました。
特に車に興味も無く運転歴43年間ですが、車好きの実家の血は、息子に引き継がれたようで、自動車会社のエンジニアになりました。

 

(レポート:町田香子) 

 

 

- 薔薇に包まれて -

今や関東のあらゆる行楽地は、バラの花が真っ盛りです。神代植物公園、生田緑地バラ園や房総ドリーミングプレイス・ローズガーデンなど満開のニュースが引きも切らずです。美しいバラには縁遠いと思っていた私でさえこの季節、バラを愛でる機会に恵まれています。
 まずはこの連休中に、兄家族の熱海旅行に一人参入したところ、バラ栽培を趣味にしている義姉から「かおちゃん(私の愛称です)、熱海なら絶対、アカオ・ハーブ&ローズガーデンしかない!」との一言で行程が決まり。「牛に引かれて善光寺」のごとくお伴しましたが、その香りと見事な大輪の花に魅了されました。
 そして先週は、「松本清張展」に行こうと横浜元町の神奈川近代文学館を目指し、港が見える丘公園内のイギリス館を横切ると、アーチ型に巻かれたバラたちのお出迎えが!ここも開港時に上品なイギリス人の紳士淑女が眺めたであろうローズガーデンがあったのでした。しばし清張展に来たことも忘れ、一心不乱に写メを撮り、すっかりロマンチック気分で「そういえばバラの花言葉はなんだっけ?」と思い返しました。「綺麗な薔薇にはトゲがある」とは違うしなあと、スマホ辞典をひも解くと、いやはやビックリです。色、本数、状態によって、花言葉が詳細に分かれているのです。たとえば、赤のバラなら「情熱」はまだしも、1本なら「一目ぼれ」で、満開なら「私は人妻」、枯れているなら「友情のままで」には、ほとんど誰が決めのだと釈然とせずスマホ画面をオフにしました。
 毎夜、自分の部屋に薔薇の芳香剤を撒きちらし、むせかえるような香りに包まれてこの私・香子(かおりこ)は、来月の誕生日月をなんとなく待っています。

 

(レポート:町田香子) 

 

2019年4月

 

- 新緑の頃 -

なんとか冬を超え、寒々と朽ちていた我が家の庭にも、柿の木には黄緑の新緑が、ほったらかしの君子蘭にも新芽が顔を出し、今や、確実に命の息吹が感じられる「陽春」の季節となりました。
 この時期に少々肌寒くても、自作の「明るい緑色のスーツ」を着て会合に出ると何人かに「わあー、春色ね!」と声を掛けられます。寒くて出不精だった冬を色にたとえるならグレイ、それが移り変わった春の色は桜のピンクや新緑のイエローグリーンとなり、目に鮮やかに飛び込んでくるからかなと思います。
 思えば四季折々の移ろいに、身も心もワクワクする日本人の気持ちは、神代の昔から現在に至るまで脈々と歌や詩にたくさん詠まれている気がします。おりしも、新元号に関連した、我が国の古典「万葉集」が、ヒットし過ぎて売り切れとか・・・。きっと、この季節に一人、万葉集を片手に喫茶店で、または書斎でひっそりと昔の姫やお殿様に気持ちを馳せるのはロマンチックで、現実の高価な旅よりも甘美で夢をみるような想いにいざなわれるのかもしれません。
 ちなみに「万葉」をヤッフーで調べてみると、まず最初に出てきたのが「湯処 万葉の湯 町田」でした。なんということでしょうか、一瞬「まちだスマホレポート」の内容がうちの広くもないパソコン部屋からどこかにダダ漏れかと思いきや、小見出しを読んでみると「万葉集に詠まれた名湯、湯河原温泉を東京(町田市)にいながらにして味わえる、まさに都会の温泉郷」ということでした。そういえば k-unet のパソコン研修会も町田で開催されることもあり、これもご縁です。今度の研修会の折にでも「万葉の湯」とやらに浸かりながら、1泊の奈良・万葉の里の旅を頭に描いた次第です。

 

(レポート:町田香子) 
 
 

- 尽きぬ興味にまい進 -

取材の仕事に携わる人たちと話しをしていると、なかなか普段は聞けないような話題で盛り上がります。
 「先日、落語家を取材したけどテレビで見るのと大違い、超がつくほど真面目で、オチを聞けるどころか全く笑えなかったよ」という人もいれば、「釣り雑誌の取材で乗船したけど、釣り客が一人もいなくて船頭さんと2人っきりで間がもてなかった」などなど。新入女性記者さんは自分の会社のキャラクター人形をバッグに忍ばせておいて、その「弊社のナントカちゃん人形」を取材時の大事なツールにしてるとか。犬猫雑誌の人からは「カメラマン泣かせは子犬より子猫。子犬はカメラが怖くてオドオドして可愛いけど、子猫は傍若無人にスタジオ内を走り回って大騒ぎ」なんだそうです。
 記者や編集者の裏話に限らず、やはり自分の知らない世界のことを聞くことは、「へー、そうなの!」と大変興味深く、好奇心を掻き立てられます。
 今月、めったに会えない方の素晴らしい話を聞くチャンスに恵まれました。それは、朝日新聞主催の「83歳のデジタルクリエイターの若宮正子さん」の講演会でした。ひな壇ゲームのアプリを作って、アップルの偉い人をうならせたという、あの一躍有名になった日本のスーパーシニアです。
 スピーチの内容も、「なぜ自分がパソコン好きなのか」から始まり、その淀みない話術に引き込まれました。一番印象的だったのは自分の興味あることは失敗を恐れずに突き進むという姿勢です。「好奇心は年をとらない!」という言葉が忘れられません。

 

(レポート:町田香子) 
 

 

- コンサート続き 

 先月は知人らに誘われ、コンサート三昧でした。
 民謡歌手「伊藤多喜雄」の「永六輔を偲ぶコンサート」を皮切りに、明治座の「由紀さおり」、極めつけは武道館、あのジュリーこと「沢田研二」です。
 この寒い中、道中を考えるとちょいと躊躇しましたが、防寒対策のぶ厚いオーバーで、いざ会場にたどり着けば、程よい暖房の異空間が待っていました。まして観客を寝させないくらい、舞台上の歌手たちは皆、お元気でした。たまたまでしょうが、由紀さんもジュリーも古希の70才!いやはやお若いこと、この上なしです。由紀さんは、お芝居込み、休憩を2回挟んでも4時間の長丁場をこなし、ジュリーはピエロのような電飾チカチカ姿で現れるや、スコットランドのスカート状の伝統衣装に着替える時以外は、歌いっぱなし。ちょっと気になるお腹回りで舞台を走り回っていました。
 ジュリー曰く「もう、70才だから、これからは好きなことだけやりたい。我慢は嫌だ」とのことでしたが、これには一諸に聴いていた仲間は賛否両論。「さすが、ジュリーだわ」という容認派と、私のような「70才皆が我慢しなかったら世の中どうなる!」という否認派に分かれました。
 ちなみに「永六輔を偲ぶコンサート」では、あの懐かしいフォークソンググループ「六文銭」の小室等さんがゲストに来ていました。白髪と白髭で一瞬、仙人かと思いましたが、それなりの75歳で一番しっくりきました。未だに私は彼の「雨の日はしょうがない」という優しい唄が好きです。この年になってわかったのは「六文銭」というグループ名は、なんとK-unet委員会がお世話になっている四ツ谷区民センターの近くにあった居酒屋の名前だそうです。なんだか、小室さんに運命の赤い糸を感じました・・・。


(レポート:町田香子) 
 

 

 


 
六本木のサントリー美術館で開催の「扇の国、日本」を鑑賞してきました。扇とは、手に持ち、風を送る道具ですが、舞踊や歌舞伎、落語などの芸能の小道具としても欠かせない物のイメージが強いです。現在では扇子と呼ぶほうが一般的なようです。開閉する扇のルーツはなんと、日本古来の物で、中国では扇はもともと団扇を指していたようです。
 扇子と言えば、母がハンドバッグから取り出す、白檀扇子の香が小さい頃は苦手でした。しかし、成長するに連れて、親が名付けた「香子」そのままに、アロマ大好き人間になりました。白檀の香りどころか、コーヒーにはシナモンパウダーを大量に振り、加湿器にはココナッツのオイルを注入し、トイレにはインドのお香を焚きました。(このときばかりは喉がイガイガして、アレルギー反応が出ましたが)。
 猛暑には、扇子の香りが何であれ、あれだけお世話になったのに、真冬には全く見向きもされないことを思うと、扇子に申し訳なさがつのります。でも、もし日本人100人に「冬に一番いらない物は?」と聞いたら、全員が「扇子!」と答えるのではという気がします・・・。そう考えると、人間の感覚は寒暖の差で大きく変わるのでは。
 「暑さ寒さも彼岸まで」という言葉がありますが、この寒い新春を乗り越え、ほのかな香り漂う扇子で大好きな夏を心待ちにしたいと思います。


(レポート:町田香子) 
 
 

- 目撃した
  年末の怖い2つの事件 


 
年も押し迫ってくると、あれもこれも年内にせねばと私自身も落ち着かない日々です。そういうイライラした人々の心理が影響するのか、最近怖い場面に2回も遭遇しました。

まずは早朝の有名コーヒーチェーン店内の出来事です。ぶ厚い本を手にした若いママが、1歳児くらいのぐずる子どもを叱り付けていました。そのうちヒートアップしてきて「どうしてそうやってあなたは、ママの読書を邪魔するのー!ママを自由にさせてくれないあなたは何なのよー!」とまくしたて、子どもは泣き出す始末。居たたまれなくて出ようかと考えていると、若いイケメンボーイが恐る恐る、紙コップのジュースを子どもに持ってくるではありませんか。「ジュースなんかより、母親を怒ってくれ」と思った私ですが、もはや泣き疲れたその子の天使のような寝顔に救われました。でも何より怖かったのは、イケメンボーイに「ウフフ、ありがとう」と艶っぽい微笑みを返したママの横顔でした。

もう1件は混んでる車内の出来事。ギュウギュウ詰めの車内でつり革に必死につかまっていた私の前で、2人の座っている女性(若くもない)が急に、肘鉄の小競り合いを始めたのです。あまりに大人げないので、最初は友人同士がじゃれているのかと思いきや、怖いことに会話は一切無しで、スマホを見ながら格闘しているのです。そして決定打は、劣勢だったほうの一人が降りる寸前に、相手に足蹴りを一撃お見舞いしたのです。いやはや、つり革の私は蹴りの防御で必死でしたが、「世も末だ」と思った一日でした。無事に12月が過ごせますように・・・。


(レポート:町田香子) 
 

2018年11月

 

 - 友の上京-


 先日、鹿児島在住の後輩が仕事で上京してきて、久々に会いました。彼女は女セゴドンのような感じで仕事は辣腕編集長です。お酒がめっぽう強くて、乾杯から焼酎ですから酒好きの私共々2人でお上品にアフタヌーンティーを楽しむなんてことはありえません。彼女に予約の取れない新橋の鹿児島料理屋へ連れていってもらいました。思い起こせば、私が去年生まれて初めて鹿児島を訪れたとき大変熱いもてなしを受けました。恐縮する私に彼女は「亡くなった父が遺した言葉に『鹿児島に来た客人にはまた、かごんまに来たい』と思わせるほど、もてなしなさい」と言われて、ずっと守っています」と言ってました。
さて、彼女が上京したのだから今度は私が、思いっきり、もてなす番だと張り切りました。新橋の夜を三次会まで同期の店を連れまわし、東京・神奈川の銘品の煎餅や日本酒も持参して、私も女セゴドンのように「どうだー!東京の夜を楽しんだかー!あなたの父上の言葉を私も忘れてないのよ~」と言ったら、後輩の女セゴドンは南方系の大きな目からハラハラと涙が溢れ落ちているではありませんか。きっと大好きだった本物そっくりのセゴドンパパを思い出したのでしょう。新橋で、2人の女セゴドンが騒いだ一夜の話でした。


(レポート:町田香子) 
 
 

 - 空 (そら) その2-


 小さい頃、よく空を飛ぶ夢を見ました。まるで鳥になったかのように山を越え、海を渡り自由に飛んでいました。あまりにリアル過ぎて本当に大人になったら空を飛べるようになるのではと思った時期もありました。
 いまや、大人の範疇を超えたシニアになって、空を飛ぶロマンチックな夢を見ていたことも忘れています。いつから、締め切り原稿に追いまくられる現実的な夢をみるオバサンになってしまったのでしょうか・・・。(「まちだより」をはじめ)。
ネットで「空を飛ぶ夢とは」を検索したら、出てきました!その願望は「親から自立したい人がみる」そうで、我ながら、親の庇護の元を離れたいような早熟な子だったのかと自慢したくもなりました。しかしながら、いまや、両親もいないのだから、自立なんぞあったものではなく、なんだか空を飛ぶ夢をみられない原因を知ったことで寂しくなってしまいました。
 30年前のデビュー当時から私が好きな「スピッツ」という日本のロックバンドが今も健在です。彼らの歌のタイトル「
空も飛べるはず」の歌詞には「君と出会った奇跡がこの胸に溢れてる。きっと今は自由に空を飛べるはず~♪」というフレーズがあります。人を愛することと空を飛べる因果関係はよくわかりませんが、心の高揚感は身体的高揚感に繋がるのではと私はかってに理論づけています。なぜ、「かってに」なのかは、この「町田理論」を証明するには、まず恋する相手を探すことから始めなければならず、なかなかリスクを伴う研究課題になりそうだからです。


(レポート:町田香子) 
 
 

 - 空 (そら) -


 見上げると真っ青な空に白い雲。そこに飛行機が飛んでいたりすると、「旅人を乗せてどこの国に行くのかなあ」なんて、思わずロマンチックな夢気分になります。
 しかしながら、私だけかもしれませんが、実際搭乗して離陸するときの、あの機内の恐怖はなんとかならないものでしょうか。
 最強ジェットコースターのような助走は心臓に良くないのでは、周りの人に問うのですが「全く気にならない」という声しか聞こえてきません。なんという強靭な心を持つ人たちなのでしょう・・・。足の下の鉄板1枚で、見下ろせば何千フィートも上に浮かんでるのです。

本で調べたら「恐怖心を無くすのは経験の積み重ねのみ」と書いてあり納得したのですが、この飛行機恐怖だけは克服するのに、お金と時間がかかり過ぎます。そこで行き着いた「町田得策」は、機内のビールを飲み干して酩酊して我を忘れ、無我の境地に至らしめるしかないと思っております。どなたかこれ以上の案がありましたら、k-unet宛にお知らせくださいませ。


(レポート:町田香子) 
 
 

2018年8月



 
 - 蓮と睡蓮 

日常のささいなきっかけが重なって大きな疑問となり、これを解決して貴重な知識となったことが、最近ありました。
 それは、ニュートンの万有引力の法則やパブロフの条件反射のような高尚な発見には及びません。
 なんと「蓮」と「睡蓮」の花の違いの発見でした。発端は、作家・原田マハのベストセラー本「異邦人」を読んだら、画家モネの「睡蓮」がキーワードであり、また、その本を片手に、商店街を歩いていたら「栃木の銘酒・『睡蓮』ついに入荷!」と書いてあったことでした。とき同じくして、後輩から「上野公園の蓮池でーす!」と書かれた、水辺で見事に咲き誇ったピンクの大輪の花の写メールが送られてきました。 また、翌日中国に帰国する留学生からいただいたのは美しい花が描かれていた扇子でした。「何の花?」と聞いても彼女が日本語で花の名前を言えないので、彼女の故郷「杭州・花」と検索すると「蓮の花」と出てくるではありませんか!杭州の名所、西湖は蓮で有名なのだそうです。

いやはや、1週間で4件もの「蓮と睡蓮」アクションが私に振りかかり「どっちがどう違うんだ、いったい」という疑問で頭がいっぱい・・・。結論を一人で見出せずにまたネットのお世話になると疑問は5秒で解けました。
 結局、水面に浮かんでいるように花が咲くのが睡蓮、茎があり水面よりずっと高いところで花が咲くのが蓮でした。ちなみに、私はサクサク感がたまらないレンコン料理が大好きですが、レンコンは蓮の根っこではなく、茎だそうです。


(レポート:町田香子) 
 
 

2018年7月

 
 -  花びん -
 この連日の暑さはいったい・・・。こんなに高温の「海の日」を迎えたことはあったでしょうか。ちょっと前まで我が家の庭先に、たわわにはみ出てた隣家の紫陽花を、ちょいといただいて自宅の居間で愛でようと思っていた矢先、灼熱の太陽に「花はどこへ行ったの」というピーター・ポール&マリーの唄ではないですが、花びらの片りんも無く、単なる力強い緑草のようになっています。
 花びんといえば、小学校1年生のときの忘れられない思い出があります。教室内で騒いでいて、本棚の上にあった花びんを落として割ってしまい、担任のみどり先生から大目玉をくらいました。体が大きかったせいか、ちょっと腕を振り回しても、けっこうな破壊力があったかもしれません。子ども心に「悪気は無いのに、なぜ先生は叱るのだ」と、納得のいかぬままに翌日、弁償の意味を込めて、家にあった花びんを担いで持っていきました。すると、みどり先生から母に電話が入り、「持ってきていただいた花びんが高級過ぎます」とまた、母も怒られたようでした。
 このみどり先生は、とにかく厳しかったのでした。しかしながら、母はどんなに私が怒られても、「もっとがんばりましょう」という赤字判こうを連絡帳に連発押されても、「クニキダさんの娘さんだから」といつもニコニコ。
 あれだけ怒られたみどり先生なのに、小学校を卒業してからは、ご自宅に何回も遊びに伺いました。「クニキダさんちのみどり先生」が、あの有名な小説「武蔵野」を書いた、国木田独歩さんの娘さんとわかったのは中学校の国語の教科書からでした。 

(レポート:町田香子) 
 
 

2018年6月(スタート号)

◆ 雨女
まちだのスマホレポート創刊号です。
 
 
 -   雨女  -

 梅雨まっさかりです。雨の日は、なんにもしたくなくなります。濡れたら風邪をひく、洗濯物は干しても意味がない、などなど・・・。
小さなときから、遠足や運動会はみごとに雨降りとマッチング、今や自分の天性の能力が「日本一の雨女」と他人様にも誇れるほどになりました。
 6月は雨のどんよりしたイメージでへこみますが、上野のパンダ・シャンシャン(香香)も可愛く、元気に1歳を迎えることができましたし、61歳違いの人間・香子のほうもおかけさまで無事に62歳に突入いたしました。
 「誕生日、嬉し恥ずかし、笑いジワ」。
 この齢でエクボができたと思っていたら、ほうれい線の延長のようです・・・。 


(レポート:町田香子) 
 


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