太田亨さんの追悼文

 2019年5月17日ご逝去、  2019年7月6日掲載

 

太田亨さんのこと

新納康彦

 

 太田さんとは、亡くなる2週間前、何時もの仲間と恵比寿で一緒にビールを楽しんだばかりでした。ポケットには相変わらず大好きな両切りのピースと行きつけのバーのマッチが入っていて、ジョッキも空けられ大変お元気でした。私が手術のことを相談したら「慌てることはない、暫く様子を見たらどうか」と何時ものように冷静なアドバイスを頂きました。5月17日に逝ってしまわれるとは晴天の霹靂です。
 太田さんにはKDD入社後55年の長期に渡りお世話になりました。入社当時、国際通信は短波通信全盛でしたが1964年の東京オリンピックに合わせて最初の太平洋横断海底ケーブル(TPC-1)が敷設されました。太田さんのおられた海底線部に配属になり、我々新入社員は太田先生の「国際通信」の特別授業がありました。毎週、授業が終わると神田のガード下の居酒屋へ連れていって下さいました。これが旨いといって「スズメ焼き」を頭からカリカリ食べておられたのが印象的でした。
 その後、研究所や本社、関係会社などいろいろな部門でお世話になりましたが、太田さんは何時もどのような大問題にも騒がず驚かず静かに対処しておられ、不思議な安心感がありました。太田さんと国際海底ケーブルのプロジェクトで世界中を飛び回りました。写真はAT&Tの新しいケーブルシップのお祝いのパーティでAT&T-SSIのカーター社長と。またアメリカの第41代大統領のパパブッシュとスペインでのプロジェクト打ち上げのパーティでご一緒したものです。太田さんから国際海底ケーブルの素晴らしい思い出を沢山頂き心から感謝しています。有難う御座いました。ご冥福をお祈り致します。