藤岡雅宣の モバイル技術百景
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第16回
2025年9月 藤岡雅宣の「モバイル技術百景」
Apple Watch新シリーズがサポートするRedCapとは? モバイルネットワークにおけるIoT 藤岡 雅宣 2025年9月30日 00:00 9月発売のApple Watch Series 11のセルラーモデル(直接モバイル回線を利用するタイプ)が5G RedCap対応ということもあり、ソフトバンクがRedCapの商用サービスを始めました。 このRedCapというのは、5Gネットワークで人が直接利用するスマホなどではない装置や機器の通信であるIoT(Internet of Things)のための仕様です。今回は、このRedCapとモバイルネットワークを用いるIoT技術について見てみましょう。 | IoTと通信技術 IoTというのは、車、機械、ロボット、メーター、センサー、ウェアラブルなどさまざまなデバイスがネットワークに接続され、通信機能によりデバイスで得たさまざまなデータをデジタル表現してクラウドやサーバーに送ったり、逆にサーバー上のアプリなどがデバイスの動作を促す制御信号やデータを送ることにより、私たちの生活をより便利に、またビジネスを効率化する仕組みです。 IoTの通信接続技術としては、イーサネットや電力線通信のような有線系と、4G/5Gなどモバイル通信やBluetooth、Wi-Fiなど近距離通信の無線系があります。実際に利用されているIoTにおいては配線の手間のない無線系が大多数であり、また大きな勢いで増加し続けています。 無線系IoTの世界全体での接続数(デバイス数)の2024年実績値と2030年予測値の推定例を図1右の表に示します。2024年で既に187億、2030年には439億となっており、人間の数をはるかに上回っています。 近距離IoTとして示されているのは、BluetoothやWi-Fiなど数十メートル程度の距離を無線でやりとりするデバイスの数です。一方で広域IoTとして示されているのは、数百メートル以上の距離を無線でやりとりするデバイスの数です。 広域IoTの中にはモバイルネットワークを用いる「セルラーIoT」と、それ以外の技術を用いるIoTがあります。モバイルネットワークを用いないIoT技術としては、例えばLoRaWANやSIGFOXなどの非セルラーLPWA(Low Power Wide Area)が主に用いられています。非セルラーLPWAには日本発のELTRESやUNISONetなどもあります。 LPWAというのは文字通り、電池だけで長時間動作することができるなど低消費電力(Low Power)で、無線で長距離、広域をカバーできる(Wide Area)という意味であり、一方で送受信するデータ量は少ないという特徴を持ちます。 また、センサーやメーターなどの用途のため、端末からネットワーク側への上り通信に特に重みを置いていることも特徴です。セルラーIoTの一部もLPWAと位置付けることができます。 図1には、セルラーIoT接続数のこれまでの実績値と今後の予測値もグラフで示していますが、今後も年率11%程度で成長することが予測されています。セルラーIoTは、2Gや3Gという旧世代のモバイル通信を用いるもの、4Gネットワークを用いるLPWAであるマッシブIoT、通常の4Gや5Gを用いるブロードバンドIoT及びクリティカルIoTに分類されています。 ブロードバンドIoTは高速通信を主な利用目的としたIoTで、クリティカルIoTは高信頼で低遅延(デバイスとサーバーの間でのデータ送信から受信までの時間が短い)を主な利用目的としたIoTですが、明確な定義があるわけではありません。5GのセルラーIoTであるRedCapは主にブロードバンドIoTに含まれると考えられます。 | モバイルネットワークを用いるIoT(セルラーIoT) 多くのIoTでモバイルネットワークを利用している理由としては、①広いカバレッジでほぼどこでも、移動しながらでも、またローミングしても利用できる、②専用の無線周波数を利用しているので通信品質が安定している、③高いセキュリティが保証されている、などが挙げられます。 セルラーIoTは2Gの時代から使われ始めました。日本でも、日本独自の2Gが自動販売機の遠隔管理や車載通信サービスなどで利用されました。そして3Gの時代には、カメラによる遠隔監視、遠隔検針などでの利用も広がりました。 こうした中で2000年代に入って、私たち人が使うスマホなどとは異なる要求条件を持つセルラーIoT特有の仕様の検討が始まりました。モバイル通信の国際標準化をリードする3GPP(3rd Generation Partnership Project)は、2010年代初頭から低コストで大きなカバレッジを実現するIoTの仕様の作成を始めました。 その後、電気・ガスのメーターや車載トラッカー(位置追跡デバイス)など単純な機能をもつ通信デバイスを念頭に、通信速度を抑えて低消費電力で、コストを抑えるためにスマホなどの本来のモバイル通信の機能を単純化したセルラーLPWAの仕様が誕生しました。 | LTE端末カテゴリー さて、4Gにおけるスマホなどの端末と無線基地局の間の無線技術であるLTE(Long Term Evolution)は、端末で実現できる最大通信速度、利用可能な最大無線帯域幅などに基づきカテゴリー(Category、能力クラス)分けされています。最新の3GPP仕様では、カテゴリーは下り(受信側)と上り(送信側)で別々に規定されています。 例えば、下りカテゴリー4(Category 4、「Cat-4」と表記)は最大150Mbpsまでの受信が可能であり、上りCat-4は最大50Mbpsまでの送信が可能です。なお、旧来の仕様では上りと下りをセットにしてカテゴリーが規定されていたので、「Cat-4」は下り最大150Mbps、上り最大50Mbpsの能力を意味していました。 現状、LTEのカテゴリーとしては下り、上りそれぞれCat-1からCat-26まで規定されており、端末の種別や用途に応じてサポートするカテゴリーが選ばれています。 IoTにおいてもCat-1やCat-4が利用されているケースもありますが、低消費電力、大きなカバレッジ、低通信速度などの特徴を持つLPWA用にはこれらとは別建てのカテゴリーが規定されています。 | セルラーLPWAのためのフィーチャ LTEの中でLPWA用に規定されたカテゴリーでは以下のようなフィーチャが標準化されており、IoTデバイスの用途に応じて利用可能です。図2にこれらのフィーチャの概略を示します。 | 仕様の単純化・低コスト化 LPWA用IoT仕様の単純化・低コスト化のための一つのフィーチャとして、半二重通信があります。スマホの場合には、無線信号の送信と受信は同時に行うことにより高効率な通信を実現していますが、LPWAでは多くの場合通信データ量が少なくリアルタイム性の要求も小さいので、送信と受信の時間を分けて交互に行うことが許容されます。 このように各時点において、端末は上り(アップリンク)か下り(ダウンリンク)のいずれかの通信しか行わないことを半二重といいます。半二重通信では、端末の無線通信回路を相当に単純化することができます。ちなみに、上りと下りの通信を同時に行うことを全二重といいます。図2(1)に全二重と半二重のイメージを示します。 また、実際に利用する無線帯域幅をスマホなどで利用する場合よりも小さくして、端末の送受信回路を単純化します。無線帯域幅の削減により最大通信速度は小さくなりますが、LPWAのデータ通信量には適合します。 別の単純化・低コスト化のためのフィーチャとして、アンテナ数削減があります。LTEを利用する場合にはスマホに通常2本あるいは4本のアンテナを内蔵して、MIMO(Multiple-Input Multiple-Output)という技術を用いて複数の異なるデータ流を送受して高速化を図ります。 LPWAでは通信速度は低くなりますが、端末の受信アンテナを例えば1本にして単純化、小型化を実現します。 | 低消費電力化 IoT仕様の低消費電力化フィーチャの一つとして拡張DRXがあります。通常LTEにおいてネットワークにアタッチした(存在を認知された)スマホなどの端末は、無線チャネルが確立されてデータ送受信が可能なConnected状態か、無線チャネルが確立されていないIdle状態のいずれかの状態にあります。 Idle状態の端末は、数秒から10秒程度毎にネットワークから何らかの無線信号が来ているかどうか(例えば誰かが電話をしてきたなど)をチェックしますが、それ以外の時間は休止しています。 これをDRX(Discontinuous Reception、間欠受信)と言います。信号が来ているかどうかをチェックするには、受信回路をアクティブにするために電力を消費します。 拡張DRXでは、無線信号が来ているかどうかをチェックする周期を分や時間のオーダーまで長くして電力消費を抑えることが可能です。実際に設定する周期は、IoTの用途によって決まってきます。 低消費電力化の別のフィーチャとして省電力モード(PSM: Power Saving Mode)があります。PSMでは、上記のIdle状態においてDRXを行わない、つまり無線信号が来ているかどうかもチェックしない、いわば深い眠り(deep sleep)の時間を設けることができます。 PSMにおいて設定可能な休止時間の範囲はネットワークにより決められますが、何時間とか何日という単位で設定できます。これにより相当な省電力を実現できます。 図2(2)に拡張DRXと省電力モードのイメージを示しています。なお、IoT端末からネットワークへ送るべきデータが発生した場合にはDRXやPSMに関わらずいつでも送信が可能です。 | カバレッジ拡張 電気やガスのメーターなどが建物の入り組んだ場所にあったり、河川の水位メーターなど人があまり行かないところにある場合など、通常のスマホのサービスエリアではないところにIoTデバイスが置かれている可能性があります。このような場合に有効なのが、カバレッジ拡張です。 カバレッジ拡張では、通常のスマホなどのサービスエリアより大きなエリアをサポートします。技術的には、同じ無線信号を繰り返し送信し、受信側で複数の弱い信号を足し合わせて元の信号を復元します。騒音の中でも同じ名前を繰り返し呼ぶことで、自分が呼ばれているのが分かるようなイメージです。 図2(3)に繰り返し送信のイメージを示しています。繰り返し送信は制御用の信号とユーザーデータの両方に利用されます。また、上り、下りの両方で利用可能です。 | 4GにおけるIoT 4Gでは、LPWA用にLTE-MとNB-IoTと呼ばれる仕様が規定されています。LTE-Mの”M”はMachineを意味し、元々初期のIoTがMachine-to-Machine Communications(M2M)と呼ばれ、また標準化上はMachine Type Communicationsと呼ばれていることを反映しています。NB-IoTの”NB”はNarrowband、つまりより狭い無線帯域の利用を意味しています。 表1に、LTE由来でIoTに使われる端末カテゴリーの仕様を比較して示します。ここでは、本来のLTEの中で最低の能力を持つCat-1、更にCat-1でデバイスの簡素化・低コスト化のためにアンテナを1つとしたCat-1bisも含めています。実際、Cat-1やCat-1bisはIoTにおいて広く利用されています。
表1では参考のために、スマホなどで広く利用されてきたCat-4(上り、下りともCat-4)も含めています。特に通信速度において、本来のLTEとIoT向け仕様の違いが際立っています。IoTとしても、監視カメラや大量のデータを発生するデバイスなどではCat-4を初めとした高速通信用のLTEを利用しています。 さてLTE-Mには、無線帯域幅1.4MHzのCat-M1と5MHzのCat-M2の2つのカテゴリーがあります。実際の市場に投入されているのは最初に仕様が策定されたCat-M1で、Cat-M2は未だ本格的に展開されていません。 一方で、無線帯域幅180kHzのNB-IoTにもCat-NB1とCat-NB2の2つのカテゴリーがありますがこちらは両方市場に投入されています。Cat-NB2は1回の送受信で運べるデータ量の増大と並列送信の導入でCat-NB1よりも通信速度が大きくなっています。 IoTにおいても、例えば高齢者用のSOSペンダントで緊急時にボタンを押すとコールセンターにつながるような用途では音声通話が重要となります。そのような用途には音声通話をサポート可能なLTE-Mを用いることができますが、NB-IoTでは音声通話はサポートしていません。 世界的には、LTE-Mは北米、中南米、オセアニア、日本などを中心に、またNB-IoTは中国、インドを含むアジア、欧州を中心に広く利用されています。日本では、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクがLTE-Mをサポートしており、ソフトバンクはNB-IoTもサポートしています。 LTE-Mはガスメーターのスマート化、車両テレマティクス、ウェアラブルデバイス、物流・資産追跡など、モビリティやリアルタイム性が求められる分野での利用が進んでいます。NB-IoTは水道メーターのスマート化、環境センサーによるデータ収集、農業分野での土壌情報や気象データ収集など、低消費電力と広域カバレッジを活かした用途で導入されています。 図1のグラフではマッシブIoT、つまり大量に利用されるIoTとして示されていますが、ここで見られるようにLTE-M及びNB-IoTを利用するデバイスは、実際着実に増加してきており今後とも大きな勢いで増加することが見込まれます。 | 5GにおけるIoT
5Gも4Gに引き続き、スマホのように人が利用する端末以外のIoTデバイスも利用することができます。5Gの無線方式はNR(New Radio)ですが、スマホなどで利用するのと同じ仕様のNRをIoTでも利用するケースと、IoT用にNRを簡略化したRedCapを用いる場合があります。 まず4GのLTE接続を主接続として用い、5GのNR接続を副として用いる5Gノン・スタンドアローン(NSA: Non-Standalone)ではビデオカメラの高精細映像伝送などブロードバンドIoTでNRを利用することが可能です。 一方、今後本格化する5Gスタンドアローン(SA: Standalone)では、品質保証機能などを活用したクリティカルIoTが実現しやすくなります。これにより、新たなIoT市場が広がる可能性があります。 5G SAが広く普及しても4Gネットワークは当面存続すると想定されるので、セルラーLPWAについてはそのまま4Gの一部として継続して利用され続けると考えられます。ただ、4Gサービスを終了する段階でセルラーLPWAを引き続き利用する場合には、5G SAの中でNRとLTE-MやNB-IoTが共存する形も準備されています。 つまり、5GのNRと同じ周波数帯域の中の一部をLTE-MやNB-IoTで利用することで両者が共存する形で、セルラーLPWAが実現できます。これにより仕様上は、5G SAにおいてもLPWAの範疇に含まれるIoTについてはLTE-MやNB-IoTが利用可能です。 | RedCap
5G SAにおいて、スマホなどが利用するNRほどの無線帯域、通信速度が必要ない用途のIoTのために規定されたのがRedCapです。RedCapはReduced Capabilityの略で文字通り、NRの能力を削減した仕様であり、IoTデバイスを低コストで実現することを目指しています。 RedCapも3GPPで仕様が決められています。3GPPは1年半~2年ごとにリリースという形で一連の仕様を策定していますが、RedCapの最初の仕様は2022年6月に策定されたリリース17で、またRedCapを更に簡素化したeRedCap(enhanced RedCap)は2024年6月に策定されたリリース18に含まれています。 5Gでは使用する無線周波数をFR1と呼ばれる450MHz~7.125GHzの低い帯域と、FR2と呼ばれる24.25~52.6GHzのいわゆるミリ波の高い帯域に分けていますが、それぞれの帯域におけるRedCapと、対象がFR1に限定されているeRedCapの仕様概要は表2の通りです。表2には通常のNRも比較のために含めています。 RedCap、eRedCapでは、表2に示すように利用周波数帯域をそれぞれ20MHz、5MHzと通常のNRよりも狭くしています。また、受信アンテナ数を削減するなどの簡素化をすると同時に、セルラーLPWAと同様に拡張DRX、半二重などの省エネ機能を利用できる仕様となっています。 最大通信速度の面からRedCap、eRedCapを見ると、図3のようにデバイスに実装する機能として1回の送信で送れるデータ量、アンテナ本数、半二重適用の有無などによりさまざまな可能性があります。LTEデバイスカテゴリーとの対応でみると、Cat-1からCat-4程度(上り・下りとも)に相当します。 現在、RedCapはApple Watchのようなウェアラブル以外にモバイルルーターやUSBドングル、監視カメラなどでの実装が進みつつあります。今後、5G SAの本格化に伴い産業向け各種センサー、ドローン、Wi-Fiルータ、デジタルサイネージなど幅広い用途、さまざまな分野での利用が進むと考えられます。 RedCapは衛星からの直接通信によるIoTのサポートや省エネ機能の拡充など、更なる発展に向けて仕様の検討が継続されています。 | おわりに 今後、スマホやタブレットなどの人が使うデバイスの数量の大幅な増加は見込めませんが、LTE-M、NB-IoT、RedCapなど、モバイルネットワークを利用するIoTは用途が広がり、デバイスは増加の一途を辿ります。2030年代には、モバイルネットワークを利用するIoTデバイスの数が人が利用するスマホなどの数を上回ると予想されます。 また、スマホなど人が利用するデバイスでもAIエージェントのようなAI機能が盛り込まれたり、広い意味でのIoTと捉えられるロボットやさまざまな機器にAI機能が盛り込まれてくると、人が直接関わらないAI関連トラフィックが増加していくことも想定されます。 人の利用を中心に設計されてきたモバイルネットワークですが、これからは人が直接関わる通信とIoTやAIなどの通信の両方を支えるネットワークとなっていくことが期待されます。それにより、今後のネットワーク設計のあり方が大きく変わっていく可能性があります。
| 藤岡 雅宣 1998年エリクソン・ジャパン入社、IMT2000プロダクト・マネージメント部長や事業開発本部長として新規事業の開拓、新技術分野に関わる研究開発を総括。2005年から2023年までCTO。前職はKDD(現KDDI)で、ネットワーク技術の研究、新規サービス用システムの開発を担当。主な著書:『ワイヤレス・ブロードバンド教科書』、『5G教科書 ―LTE/IoTから5Gまで―』、『続・5G教科書 ―NSA/SAから6Gまで―』(いずれも共著、インプレス)。『いちばんやさしい5Gの教本』(インプレス)、大阪大学工学博士
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