No.134 2021年12月26日
今月のお知らせ

 

■  会員の状況
 新 入 会 員 : なし
 退 会 会 員 : なし
 ご逝去会員 : 1名

12月26日現在のk-unet会員数は 402 名です。

■  活動状況

(1) 2021年度第5回運営委員会 12月17日(金)15:15~17:15 四谷地域センター(対面による委員会を一年ぶりに開催)

(2) PCアートコンテスト応募作品の投票 12月1日~12月31日24:00まで
まもなく投票締切りです。奮って投票にご参加ください。

■  予定

(1) PCアートコンテスト入選作品発表会を兼ねたサロンk-unetを開催 2022年 1月20日前後 四谷地域センター
(コロナの状況によってはサロンk-unet開催は中止し、入賞作品発表はk-unetホームページにて行う。)

k-unetサイトの新情報
(1) アーカイブサイトの正式掲載( こちら をクリック)

・主に2012年から2018年に掲載した主要記事をご覧いただけます。今後、バックナンバーの掲載をアーカイブサイトに一本化の予定。
・KDDI誌全文掲載リニューアル版のアーカイブサイトへの転載についても整備。

(2) ホームページの修正

・お問い合わせのページ修正:訃報連絡の受け入れ対応メニューの追加。**
・同報メールのページ:アーカイブサイトへの掲載を開始。
・KDDI誌 12月号(VOL.212) 掲載

(3) 暮らしと趣味・趣味の広場・サイエンス
・前尾津也子さんの「サイエンスアゴラ2021」に関する投稿
(4) 連載コーナー
・まちだより(12月No.3 )
・樫村さんからの投稿「ラテン民芸品の旅 コロンビア編」
(5) トップページ・会員の短信
・前尾津也子さんの短信 ~ 講演と朗読会のご案内「令和と万葉集と」
・島崎陽子さんの短信 ~ 葛飾図書館友の会 読書クラブのご案内

 

■ おしらせ■

 

会員の皆様には訃報を受け取られた際には、k-unetに訃報の連絡をいただきましてありがとうございます。また、訃報メール配信についての、ご遺族からの了承の労もおとりいただき感謝申し上げます。お蔭様で円滑に訃報メ-ル配信を実施しております。

さて、この度、「訃報のお知らせ」方法を一部変更することにいたしました。今までは、訃報の連絡を頂き、かつ、ご遺族の了承も得られた場合には、その都度、同報メール配信をしておりましたが、ご逝去されて日数が経過している場合は、月毎にマンスリーレターでお知らせすることにしました。急を要する場合、例えば、葬儀などの日程が間近である場合は今まで通りです。

もし、ご逝去されたにもかかわらずお名前が掲載されていない場合には、ご遺族の了承が得られなかったものとご理解ください。

なお、k-unetへの連絡方法は三つあります。

1)k-unetホームページのトップページにあります「k-unetへのお問い合わせ、ご連絡(今回新設)」を利用する。**上記k-unetサイトの新情報(2)のホームページの修正を参照
2)webmaster@k-unet.org 宛にメールする。
3)受信された同報メールに返信する。

 

なお、2)、3)は従来通りの方法です。
マンスリーレターに訃報欄を設けるにあたり、フォーマットを含め詳細については検討中です。今後のマンスリーレターにてお知らせいたします。

 

今後とも、より良いマンスリーレターを目指して配信したく考えておりますので、みなさまからのご意見などをお寄せ頂きますようよろしくお願いいたします。

 

今月のコラム

 

担当: 松本 房子   

☆ 東京国立博物館 創立150年 ☆

 1872年(明治5年)に産声を上げた日本で最も歴史のある東京国立博物館、通称「東博」。2022年に創立150年を迎える博物館は日本最大級。上野の森を訪れると東京ドーム2個分の広大な敷地に個性的な建物が立ち並び、国宝89件を含むおよそ12万件もの文化財が収められています。質、量ともに日本一の博物館「東博」。その敷地内に巨大な城のごとく聳えるのが日本の美術を紹介する本館です。本館では、歴史に沿って各時代の代表的な作品を収蔵、展示しています。その他、東洋館、表慶館、平成館、法隆寺宝物館および黒田記念館などがあります。

間もなく150周年を迎える東博はどんなきっかけで設立されたのでしょうか。それは、1872年(明治5年)、当時は江戸時代が終わって間もない頃、新政府は日本の優れたものを海外に紹介しようと、翌年のウィーン万博への参加を決めました。その出品作として当時の文部省博物局を通じ日本各地の旧藩主などから美術品をはじめとする様々な物を広く集めたのが始まりでした。博物局は、ウィーン万博参加に先駆け、1872年3月湯島聖堂博覧会を開催。それは日本初の博覧会でした。珍しい出品作を観に多くの人々が詰めかけ大いに評判となりました。翌1873年5月ウィーン万博開催。日本館には多くの陳列品が並べられ、日本庭園や神社も作られ大盛況となりました。

開館当初、万博出品作がそのまま引き継がれ収蔵されていくことが多かった工芸作品ですが、他にも万博出品作が展示されているジャンルがあります。それが「アイヌ文化」のコレクションです。このように博物館には、あらゆるジャンルの名品があつまってくるようになったのです。加えて、明治新政府の法整備があり、1871年には日本初の文化財保護法を布告しました。これにより廃仏毀釈の風潮に歯止めがかかり多くの文化財がその価値を認められ救われました。

1923年(大正2年)に関東大震災が発生。当時、帝室博物館となっていた旧本館は、倒壊しその後、現在の本館が建てられる(1938年昭和13年)までの15年間は、表慶館がすべての展示を担うことになりました。

1941年(昭和16年)第2次世界大戦が勃発。

戦時下において大量の文化財が失われる可能性があるため、文化財の疎開を実施しました。(1941年8月奈良帝室博物館へ)

1945年(昭和20年)第2次世界大戦終結。日本敗戦。

終戦後の1947年、帝室博物館は国立博物館と改称しました。終戦直後の大変な最中に大予算を確保して、多くの文化財を購入し、海外への流出や破壊から守りました。

明治維新を経て文明開化の波に消えゆく江戸時代の風景、破壊され海外に流出してゆく文化財。それらを一つでも多く後世に残そうと懸命に働いた人たちがいました。戊辰戦争の焼け野が原を経て、震災も戦争も生き抜いた日本の美を象徴する無数の名品、その陰には150年に及ぶ人々の想いが込められているのです。

先人たちの尽力の足跡を感じながら、上野で美術鑑賞はいかがでしょうか。

 

あとがき

 

新たな変異を遂げたオミクロン株がわが国にも入ってきました。

重症化の恐れなど特徴は定かではありませんが、慌てず騒がず、今まで通り手洗い、うがいを励行しマスクをつけ、オミクロン株の動静を見極めましょう。今後は、新たな変異株への感度を高めた検査試薬の開発と、検査態勢の充実を急ぐことが求められます。

マンスリーレター次号は 石垣 英明 運営委員が担当します。

 

以 上    

 

 

 

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