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米寿を迎えて
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喜寿を迎えて
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寄稿のバックナンバー

昨年度以前の米寿、喜寿の皆さんからの寄稿はアーカイブサイト掲載のバックナンバーをご覧ください。

 

長寿会員から投稿

  

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 バックナンバー (アーカイブサイト)

 


 

 

 


 米寿を迎えて 
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林 雅和さん

 

皆さん、こんにちは。

今年(2023年)の 「5月8日生まれの会」の様子

(左から)曽雌、初見、林、中野(敬称略)
(写真をクリックすると大きく表示)

 私がKDD在職中から数名での「5月8日生まれの会」なるものがあり、今でも続いておりますが、今年も5月に会食致しました。その際、他の皆さんにご配慮頂いて花束を頂戴いたしました。この時、初めて「米寿」を実感した次第です。

 KDDを去ってから、もう二十数年経ちますが、お陰様で幸いにして元気で過ごしております。健康は殆ど運で決まると思ってますが、幸運にも今のところ足腰等に大きな支障はなく、毎日動き回っており、運を差配してる何かに感謝している次第です。よく友人等に「元気な秘訣は何ですか。」と聞かれますが、特別な事は何もしておりません。
 ただ日々実行している事は、

(1)足腰の衰えを防ぐため、平均して一日5,000歩程度は歩くことにしています。目的地を定め、背筋を伸ばして、脇目も振らずに歩くことです。これまで三十年近く、城址巡り、史跡巡り等々北から南まで約1700ヶ所訪れました。この歳になっても見分が拡がり、一つの大きな楽しみでもありす。

(2)いわゆる認知症防止のため、KDDを離れてから或る勉強会に属し、年に何回か当番が廻ってきて、何かの話題のお喋りをしていますが、資料収集、原稿用意等、結構頭を使わざるを得ないので、防止の効果はある様です。また、その仲間と或るボードゲームでも遊んでおり、頭の休まる暇がありせん。

(3)私は20年ほど前に、膀胱がんを患いました。罹ったことは不運でしたが、直ったことは幸運でした。その後、再発防止のため、知人からの勧めもあり、毎日欠かさず椎茸菌のエキスを飲み続けています。免疫力を高める効果があると聞いております。これまた幸いにも私の体質に合っている様で、ここの所、風邪も引きません。ただ、他の方々にも効くかどうかは分かりません。

 以上のような現況で毎日忙しくしていることが、多少、元気さの支えになっているのでしょうか。ただ、毎日の行動には注意を払っています。最近、リスキリングと言う言葉が流行っています。私はそれを文字ってリスクキリング(risk-killing)と称し、「慌てない。約束時間には30分前には着く様にする」、「駅などの階段は必ず手摺に掴まる」、「歩く時は、必ず両手を空ける」等々気を付けて過ごしています

 皆さんもどうかお元気でお過ごし下さい。


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富士 暹さん

 

 米寿のお祝いメッセージを頂戴し、たいへん恐縮しております。
 お気遣いありが とうございました。

日頃心掛けておられる健康法、日々の過ごし方

 身体が発する健康面での諸々のサインに常に注意深く耳(神経)を傾け、それに逆らわないこと・・・これが私の健康法です。

最近うれしかったこと

 クラリネットとともに

 趣味のクラリネット演奏を70年も続けてこられたこと・・・月3回のレッスンに通うことが昨今の大きな喜びであり、生き甲斐でもあります。

最近気になること、気が付いたこと

 今の日本・・・進化している度合と退化している度合のバランスが気になります。物事を合理的・科学的に考える能力や想像力が劣化してきているのかも知れませんね・・・やはり気になります。

KDD時代の思い出

 k-unet会員の皆さまは、現役時代にそれぞれの持ち場・立場に応じたご苦労をされてきたと思います。もちろんその中にたくさんの喜びや幸せも感じてこられたのだと思います。
 私はと言えば、実は、今でも週に一回程度はKDD時代の苦い思い出や辛い思い出の断片が夢になって出てきますが、いずれはそんな夢から解放される日が訪れるのでしょう。

その他

 子供の頃の古いモノクロ写真を、往時の記憶を辿りつつカラー化することに少々ハマっています。やはりAIを応用した画像処理技術はすごいなと実感しています。
 そう言えば、直近のマンスリーレターで運営委員の近藤茂雄氏が車の自動運転について書いておられますが、とても興味深く拝読いたしました。道路を走る全ての自動車の運転席が後方を向いている・・・そんな光景が遠からず到来するといいなと思っています。

 皆さんもどうかお元気でお過ごし下さい。

(1936年11月生まれ)


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寄稿された米寿の方へのメッセージ

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 喜寿を迎えて 
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稲垣 和則さん

 

 

日頃心掛けている健康法、日々の過ごし方

 朝の30分間程度のストレッチ&週3回のプール通い。

 健康法というより、腰痛対策として続けています。ストレッチで寝起きの身体がシャキッとします。スイミングでは心体が共にほぐれます。また、泳いだ後は湯上がりの爽快感。おかげで家の風呂を沸かす必要はなく、水道・下水料はほぼ基本料金ですんでいます。

最近うれしかったこと

 久しぶりに大学仲間8人で伊勢旅行ができたこと。 また、1年程前から始めたプログラム言語の学習、何度も挫折しかけましたが、一歩前進できた時にはささやかな喜びに浸ってます。プログラムが思い通りに動いてくれた時の達成感は格別です。

作図などで楽しんでます

 

最近気になること

 人の名前がめっきり出なくなったこと。
前立腺のPSA値、尿酸値、コレステロール値 他 。

 自分の事以外では、ウクライナ情勢 台湾有事 日本の少子高齢化問題 変わらない日本の政治、変えられない国民などなど。見守るしかできませんが、関心だけは失わないようにしてます。

KDD時代の思い出

 恵比寿(研究所)からスタートして、退職までに10ヶ所以上の職場を転々としました。それぞれの場所での人との出会い、過ごした時間は今でもはっきりと蘇る懐かしい思い出です。

その他

 日頃の髪の手入れですが、かれこれ30年間床屋には行っていません。オウンリスクでやってます。30年前になる海外赴任時代から始まりました。最初は職場仲間とお互いの髪を切りあっていましたが、今では、後ろ髪を含め完全に自前。30年間同じハサミを使い続けています。


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安達 健さん

 

日頃心掛けている健康法、日々の過ごし方

 昨年の4月末までビル管理会社(70歳からは週4日)に務めてましたので、それが一番の健康法だったかなとおもいます。

 自宅玄関からの吹矢の練習

 さて毎日が日曜日となった今は、なるべく規則正しく過ごせるよう、吹矢クラブとカメラクラブに入りほぼ毎日出かける日々です。的を台所に設置し台所→廊下→玄関で最以遠の10m確保できるので自宅でも時々練習し、2級(距離6m)、1級(7m)、初段(8m)、2段(9m)までは順調だったのですが3段(10m)で足ふみ状態です。カメラのほうは年4回程度撮影会旅行があり、カメラ、三脚その他一式持って歩き回っています。

最近うれしかったこと

 過日の撮影会参加6回目にして、始めて撮影会賞を受賞したことです。

KDD時代の思い出

 楽しい思い出としては 昭和53年海外派遣でドイツ(フランクフルト、デュッセルドルフ)、ノルウエー(オスロー)と帰路にパリ経由の2週間の出張に参加出来たこと。
 海外旅行はおろか飛行機も初めての私にとってはまさに天にも上るおもいで、実際飛行機が離陸した瞬間は体が浮き上きあがって行くようで、思わず足に力を入れ踏ん張ったことを今でも鮮明に覚えています。


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矢部 静樹さん

 

 喜寿のお祝いとのこと有難うございます。

北軽井沢大滝にて
(写真をクリックするとアップで表示)

 まだ75歳で、あまり実感はありませんが、折角の機会ですので近況をお伝えします。

 39歳から始めたヨットセイリング。
 小さな17フィート(約5.1m)の愛艇で土曜の午前中夫婦で逗子のハーバーを出港し、江の島、烏帽子岩辺りを回り握り飯を食べ、カセットやCD に合わせ大声で演歌やサザンを歌い、気が向けばキスやアジやカツオを釣り、時に沖合でアンカリングをして泳ぎ、3,4時間後に帰港する。

 一日で陽に焼け、冬場も風邪知らずで過ごせたのですが、4,5年前から、帰港後の艤装を解くセイルの収納、シート(ロープ)の整理、船体・船外機の水洗い、これらの作業が大変になってきて、とうとう昨年ヨットを譲ってしまいました。

 最後のセイリング

 それ以来体に良いことを全くしていません。コロナ禍で止めてしまったジム通いを再開しようかと思っています。

 コロナで足止めされていた「フランス運河の旅」を今年4月、4年ぶりにお客様と無事に催行できました。
 少し心配した各国のワクチン接種証明検査も難なく通過でき春のブルゴーニュ運河を満喫できました。お客様と別れた後は、英国人作家の書いた「南仏プロヴァンスの木陰から」で人気になった、リュベロンに滞在し、真白なアーモンドの花の咲く長閑な村々の探索を楽しみました。借り受けた、嘗て陶芸家であった大家さんの離れには大きな糸杉があり、夜中に庭に出ると、ここから車で30分ほどのサンレミの療養院でゴッホが描いたあの「星月夜」と同じ場面が再現され大変感動しました。

 糸杉のある庭

 今、思い出すと楽しい思い出ばかりですが、近しかった方々でもすでに鬼籍に入られた方も少なからずいます。

・酒場のカウンターでコーヒーを飲みながら見事なカラオケを披露する謡曲士

・「その牌、切っちゃダメ。」と耳元で囁く雀士

・「次のレースはこの馬で決まり!」と競馬新聞に赤鉛筆で丸する予想士

・・・・・なるほど「死は存在しない」(光文社 田坂 広志)のかなと最近考え始めました。


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川口 憲一さん

 

 後期高齢者になる頃から、体、頭の衰えを特に実感するようになりました。ワクワクしなくなり、意欲もわいてきません。コロナ禍で3年間の逼塞した生活が続き、ウクライナ戦争の映像が毎日流れるのも気分が滅入る一因とは思いますが、自分の老化が今後も進むのは間違いなく、不安になってます。健康をキープして一日でも長く自立した生活を続けたいと思い、自分なりの健康法を行っています。

 

 基本は運動、食事、睡眠と定期的なチェックです。 運動は股関節、肩甲骨中心のストレッチを毎日、有酸素運動の社交ダンス、口喉や肺機能のためのジャズボーカルレッスンを定期的に行っています。過去1か月間は目標の一日平均歩数6000歩をクリアしました。激しい長時間の運動は避けるようにしています。
 食事は3食を規則正しく食べ、たんぱく質を少し多めにとるように努力しています。食事に限らず健康に関する情報は溢れていて、中には相反するような情報もあり、戸惑います。タンパク質摂取については先日「食欲人」を読んで理解が深まりました。納豆も毎朝食べていたのですが、FODMAPの観点から止めてみたところ体調が改善しました。腸内細菌なども関係するので、良い食事の内容は個人差が大きいのではないかと感じています。夕食から朝食まで12-14時間あけるように努力しています。毎日自分で料理をしていますがレシピを決めるのが一苦労です。
 睡眠はいろいろ睡眠環境の調整をしてきましたが目標の8時間が思うように達成できません。腕時計型のトラッカーで睡眠状態を測定し結果を見ると、自分で感じている程にはひどくない場合もあるので、不満ですがいまのところ放置状態です。
 血圧、体温、体重を毎日測り、心拍数や歩数を知り、毎年1回人間ドックを受け、4か月ごとの歯科検診で、自分の健康状況をモニタしているつもりになっています。

 日本の高齢者は年をとるにつれて幸福感がアップするという調査結果があることを最近知りました。本当なら健康も幸福もある老後にむけて私もまだ希望がもてそうです。


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京極 雅夫さん

 

日頃心掛けている健康法

 現役時代は健康診断で特に問題は指摘されなかったので、ほとんど健康を気にしたことはなかった。60歳代後半から医者から腎機能、コレステロールに留意するよう指導され、その後は、塩分、チーズ、鶏卵、魚卵等を控えている。
 最近は弱い薬の血圧降圧剤の服用を始めるに至った。弱い緑内障があるとの診断があり、点眼薬を使用することになった。

 小石川後楽園にて
(2023年6月)

 現役時代、特に若い頃は、硬式テニスに明け暮れしていて、夏は炎天下でプレーしたし、冬はコートに砂やカルコートを撒いたり、ローラーを掛けたり、テープ浮き上がり防止の為「麦踏み」を繰り返した。
 退職後はほとんどスポーツ的なことには参加していない。自転車の出番が多い。スーパーへの買い物に使っているが、70歳を過ぎると走り始めてから2分足らずでペダルが重く感じるようになってしまった。足の筋力が弱った結果だ。それでも自転車には乗るようにしている。最近、市の補助金もあり自転車用ヘルメットを購入し着用を始めた。

 皆さんに披露できるような健康法は持ち合わせていません。

KDD時代の思い出

 業務の洗い出しを行ってみた。1970年入社、研究所にて衛星通信システムの開発、例えば船舶などの移動通信技術に携わった。INTELSAT IIIからIVの時代。
 1975年8月に恵比寿から西新宿のKDDビル28階へ異動。西側に富士山が見えた。夕方になるといつも夕日と富士山を見ていた。衛星通信から海底線部門への異動で、空から海への青天の霹靂だと言われた。各種ケーブル建設プロジェクトに参加。TPC-2、日中ケーブル、OLUHO、OKITAI、日韓、OKINAWA、RJK、TPC-5、インドネシア国内iSUB、TAT14。
 その間に、JICAにてインドネシア国内ケーブル長計調査、OLUケーブル迂回、日中ケーブル迂回と再埋設、ケーブル船相互利用協定、横浜ゾーン維持管理、ケーブル障害修理、各種障害対策。ジャカルタ滞在約1年。
 外国キャリアとの会議、技術・商務面調整など海外対応を経験した。
 しかし、プロジェクト完成後に生じた不具合対策・対応、迂回計画、障害修理、などあまり表に出ない(日陰の)対応が多かった。1992年にケーブル子会社設立に伴い異動、その後転籍、そして2005年に子会社解散で失職した。
 建設に係わった同軸も光ケーブルも既に運用を停止してしまった。結局、1975年からずっと退職まで海底ケーブルに関わっていたことになる。

 その間、上司、同僚、部員ならびに業務系の方々に恵まれたと感謝しています。

その他

 庭の樹木手入れ、掃除、隣接する車道の脇の植え込みの雑草取り(一人でボランティア)、簡単な日曜大工や電気工作などは継続的に行っています。もう10年以上KDDOB会のk-unetにて運営委員として色々な活動に参加しています。

 基本的にはそれほどのんびり過ごしてはいないと思っています。

 添付写真は、2023年6月に小石川後楽園へ花菖蒲を見に行った際のものです。


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望月 さち子さん

 

 映像画面にカーソルをおきスピーカーマークをクリックすると音声が流れます。

日頃心掛けている健康法、日々の過ごし方

 朝10分のテレビ体操。
でもトシには勝てない。

最近うれしかったこと

 毎日、楽しいので・・・・

最近気になること、気が付いたこと

 トシには勝てない、ということ、に気が付いた。
 少しずつ医療関連の支払いが増えてきている。

KDD時代の思い出

 よき先輩、よき友人に恵まれたこと。
 今も楽しくお付き合いさせていただいています。感謝。

その他

 k-unetの研修会で色々学ばせていただいて、助かっています。
 コロナ禍には、zoomなど新しい交流ツールの利用を学びました。


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池田 佳和さん

 

 私が喜寿になったと教えていただき正直驚きました。せっかくのお誘いなので近況などをお伝えしたいと思います。

日々の生活

東京オリンピック・ボランティア
(2021年7月)

 3年前に病気で妻を亡くし、今は京都で単身生活をしています。私もこの数年の間に二種類のがんが発見されましたが、いずれも手術が成功し現在は3か月に一度検診に通っています。東京の自宅は娘家族との二世代用に新築したのですが、京都のマンション別宅は叡電沿線で6階建て最上階、窓から緑の東山が眺められて住み心地がとても良いので、自立して生活ができる間は住み続けるつもりです。この周辺は学生街でもあるので総菜売店や外食、自炊にも困りません。

社会貢献

 日常は社会貢献的活動をしています。コロナ禍からオンライン会議か容易にできるようになったので東京の「電気学会」仲間などとボランティアとして工学啓蒙書の執筆を細々と進めています。例えば「ニコラ・テスラの伝記」を出版することを目指して努力しています。友人が執筆している「サミュエル・インサルと松永安左エ門の電力改革」の編集も手伝っています。

   KDD後輩の方々との宴会  (2023年7月国際水泳福岡の機会に)
 
 写真左から
 KDDI総研副所長K氏、  福岡大学教授(KDD-OBではない)、  池田、  製造業社長遠藤氏、  福岡大学教授大橋氏

(写真をクリックすると大きく表示)

 2021年の東京オリンピック2020ではボランティアとして会場運営を手伝いました。2023年7月の世界水泳福岡では選手役員登録受付を数日間手伝いました(旅費宿泊費は自己負担)。福岡には友人がいたので楽しく新鮮な魚介類で宴会を楽しみました。

「塞翁が馬」の後半生

 KDD時代は研究所からスタートし本社交換技術課長などを経験して、1992年から5年間ジュネーブ事務所に勤務しました。帰国後は国際電話屋からインターネット屋に専門を変えて当時の最先端ビジネス業界を駆け巡りました。
 2000年夏にはDDIとの合併前に決意してADSLスタートアップ企業に転職。その会社では孫正義社長と懸命に戦いましたが敢え無く敗れました。失意の中、東京工業大学の教員公募を友人に教えられ思い切って応募しました。数十人の応募があったようですが、幸運にも特任教授に採用され、約5年間大岡山に通勤しました。
 契約終了後、国立情報学研究所客員教授に所属していた時、知人のお世話で大谷大学(京都)の教授職に推薦していただきました。生まれ故郷の三重県伊賀市には母が住んでいたので慰問にも行きやすい京都市に移住しました。結局2019年まで大学教員を務め文系の若い学生諸君の情報学教育に携わりました。文科省科研費等を獲得したので毎年1,2回海外の国際学会に論文を投稿し発表する機会を得て欧米・アジア・アフリカを旅行しました。

 振り返ってみると、定年まで在職することが自然だと思っていたKDDという良き企業を諸般の事情で退職して以来、多くの先輩・同僚よりは転職回数の多いエンジニア人生を過ごしてきました。「人間万事塞翁が馬」という故事にあるように、その時々のご縁に助けられて愉快で意義ある営みであったと感謝しています。


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稲垣 怜子さん

 

 

日頃心掛けておられる健康法、日々の過ごし方

 食事と運動

 食事は、一日三食、夕食にアルコール類を少々。運動は、地元のスクールや教室で週一回テニス、水泳、体操を続けています。
 健康診断結果は、3~4項目イエローマークですが、ドクターには、「食事と運動で頑張ります」と見栄を切り服薬には至ってません。

最近うれしかったこと

 孫二人の就職先が内定したこと。

最近気になること、気が付いたこと

 今まで食事とコーヒー以外口にしなかった夫が、私の大切なお菓子・スイーツをいつに間にか食べていること。

KDD時代の思い出

1)入社一年目、よど号ハイジャック事件での先輩達の働きぶりを羨望と憧れの眼でそっと見ていたこと。
2)1970年代ベトナム戦争の頃、ChristmasやMother’s Dayの殺気立ったような繁忙と活気溢れた交換室と美味しいケーキやミカンの差し入れがあった休憩室
3)お客様センター料金課の時、お客様に軟禁されたこと
等々、あれもこれも、懐かしい思い出です、良い会社に勤められたことを感謝しています。

その他

 広く大きく目をやれば、温暖化や戦争・各地の紛争など心配や不安は絶えません。
 一方、卑近な例では家内において多少のトラブルや諍いはありますが、健康で日々平穏無事に過ごせているのは有難いことです。
 最近頭脳を使うことをしていないので、少し脳トレしたほうが良いのではと考えていますが・・・?。


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横山 幹雄さん

 

  お祝いカードをいただきありがとうございました。

 

 何とか元気に過ごしていますが、ゴルフをやめるきっかけとなった足底筋膜炎を患って既に15年になります。
 早いものです。ここ数年は健康のために痛みを押して多摩丘陵を歩いています。併せて脳活になることを期待して好きな車の運転を毎日続けています。リスクと隣り合わせです。サーキットを走るようなことはもうありませんが走行距離は年間2万キロに届くかもしれません。

 KDD 時代の思い出を一つだけ。
 1973年のことです。前年の秋、日中国交正常化で田中首相が故宮博物院の前を歩く映像をLIVEで見てえらく感動したころのことです。入社2年目で配属された伝送施設部は本社のあった霞が関ビルの向かいの三井ビルにありました。
 立ち話でしたが当時の直属の上司であった岩崎主任から「インターネット」って知っているかと聞かれました。知るはずもなく想像したのは静止衛星をたくさん並べてグローバルネットワークを作るくらいの土管的発想しかありませんでした。それより、えらく軽薄で陳腐なネーミングで、センスがないと思ったのを覚えています。今の世の中を想像できるはずもない50年前の話です。
 いま岩崎さんに聞いてみたいですね。当時はどういうものを想定していたのですかと。

 皆さんのご健康とご活躍をお祈りいたします。

 


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倉林 和夫さん

 

 @サンパウロ
9月4日午前10時15分
に撮影した写真です。

 退職後、JICAに在籍した後、通訳案内士の資格(スペイン語、英語)を取り、散発かつ請負的な仕事を、適度な緊張感を持って楽しんでいます。ポルトガル語の資格はないのですが、スペイン語と怪しげなポルトガル語でなんとかこなしています。以上が、近況です。

 KDD時代の、忘れ得ぬ思い出は、サービス計画部在籍中の事案です。
 日米IVAN協定(通称)に関し、米国のUSTRが国際専用線のサービス約款を協定違反とみなし、それを認可した日本政府に制裁発動の脅しをかけてきました。
 外務省、郵政省の担当部門に同行し、ワシントンに赴き、同僚の技術担当サービス計画2課長(当時サビ計2課は技術・業務構成)、技術計画部、法務部、企業通信部等々の協力を得つつ、同行者とともにUSTRの別室で作業に当たりました。
 技術の進歩・方向性を的確に予測し、それに巧みに同化することが、通信ビジネスで重要であるこを強く認識した3ヶ月間でした。

 今後ともよろしくお願いいたします。

 

 


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   〜 百寿のつぶやき 〜 ① 袖触れ会うも多少の縁

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   私の2年遅れの卒寿祝いの写真

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