連載コーナー




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四 季 雑 感(60)
(オムニバス)

樫村 慶一

★クリスマス (私のスクラップ・ファイルより)

 『クリスマスだとばかり浮かれ騒ぐ人々の中に、果たして幾パーセントが真にキリスト教に帰依してゐるのであらうか。それは多分微々たるものであらうと思う。我々とても、キリスト教徒がキリストの降誕を心から祝福することに対し、決して咎め立てしようとするものではない。問題は、ほとんど何らキリスト教を信ずることなくして、しかも或いは酒食に耽(ふけ)り、或いは夜通しダンスに興ずる等、種々の享楽に耽らんがための口実として、神聖なるべきクリスマスを悪用する徒輩、及びデコレーションに粋をこらして軽薄な客を誘惑しようとする享楽施設の存在にある。
 当局においても、現下の時局に鑑み、種々の制限は加えられつつあるに相違ない。然し我々の言わんとすることろは、更に一歩を進めて、単に消費節約の見地のみならず、従来の世人のクリスマス観を一新せんことにある。何等信仰を持たぬ人々に、享楽の口実とさせられてゐるキリストは、果たして天国において、喜んでゐるであらうか。(蛙の声より)』。

昭和14年(1939)12月24日 朝日新聞への投書、原文のまま

私が9歳(小3)頃の世相をほんのり思い出した。昼間は三角ベース野球や水雷艦長、時々、夜の提灯行列にはしゃぎまわっていた。子供の世界はまだ十分に平和だっと思います。
 

★コーヒーを飲みながら、たまーに思いだすこと

 日本人に、コーヒーのアメリカンなんて変な飲み方? がいつ頃から定着したのかをご存じの方はいらっしゃるだろうか。私は戦争に負けた頃の記憶は大体覚えているが、その後の戦後の部分は消えている時期がかなりある。なにせ75年も前(15歳)のことだから。マッカーサーが厚木に着陸して、トウモロコシの軸で作ったパイプ(コーンパイプと言っていた)をくゆらしながら、爆撃機のタラップを降りてくる様子は映画館のニュース(テレビなんてない)で何回も見た。その後続々と進駐してきたアメリカ兵の下っ端は、貧乏人の子弟や黒人が多かったようである。
 『彼らにとってコーヒーは贅沢品なので、増量して薄くした。事実アメリカではコーヒーは穫れない。ましてや砂糖も贅沢には入れられない。そのケチな飲み方が日本人に伝わり、後に言われる、いわゆる 「アメリカン・コーヒー」なるものができ、民主主義を覚えてアメリカ・ナイズされた日本に定着した』という話を以前どこかで聞いた。そのずっと後、コーヒー生産国の近くの国に住むようになって、本当のコーヒーの飲み方なるものを教えられた。
 スタンドへ行ってコーヒーを注文すると、「カフェ・チーコ」と言って普通のカップの半分位の量が入る円筒形の白いカップがでてくる。見ると底に砂糖が入っている。そう,、5ミリか1センチ近くは入っていただろうか。そこへ真っ黒なコーヒーを注ぐ。スプーンでかき回して飲むのだが、結構甘い。アメリカン・コーヒーの砂糖抜きとは全く違う。これが本当のコーヒーの飲み方だと言われたものです。(本当に本当の飲み方なのかの検証はしていない)。日本の世の中が変わったのであろうし、変えたのは、昔の、なんでもアメリカさんに靡いた軽薄な日本人の習慣の残滓なんだろう、と、時々思い出している。私は砂糖抜きのコーヒーなんて飲んだことはありません。
 (この話は事実ですが、真実ではないかもしれない。もし、アメリカンコーヒーの由来をご存じの方がいたら是非教えて下頂きたい。)


★人それぞれ・・・

 西暦にゼロ年がないので、それが押せ押せになってきて、20世紀も2000年12月31日までかかってしまった。21世紀は2001年1月1日からだ。私は今90歳と10か月だが、まだ80歳代である。4月1日生まれなので、今年の3月31日で80歳代が終わる。ひと様は長生きだと言ってくれるが、それを特に意識したことはない。自分では、ものの考え方は30歳代40際代と同じつもりであるが、子供達から見るとやっぱり、強情張りになっているようである。
 長生きしてきたら良い事が沢山あったろう、などと聞かれることがあるけど、それはどうだろうか。人にはそれぞれの人生があり、人それぞれが、それぞれの思い出を持ち、それぞれの思い出をどう評価するかであろうけど、思い出とは良いことばかりではないと思う。そんななかで、ここ2,3年のことだが、長生きしてきたお陰で、昔の懐かしい映画や懐メロが、簡単に見られたり聞けたりするようになり、いい時代になってよかったなあと思う時がある。嫌なこと悪い事ばっかりの世の中で、私にとって、ほんのささやかな”良いこと”である。
 私の懐メロというのは、昭和4年(1929)の「東京行進曲」から、32年(1957)の「有楽町で逢いましょう」までの間の歌で、その後は散発的に、いいなと思う歌がある程度である。今の5人や6人が飛んだり跳ねたりして、カタカナ交じりで字余りの文学的価値のない歌詞を、ただ怒鳴るように歌うのは、どうしても受け入れることができない。あれは歌なんだろうかと思う。そんな今の時代に、私的基準の”いい時代”の映画や懐メロが見たり、聞いたりできるとは、率直にいい時代だと思う。これこそ長生きしたお陰だと喜んでいる。
 昭和の終わり頃(1988~9)、ノストラダムスの予言で、1999年7月に人類が滅亡すると言う話が評判になり、五島勉の本が随分売れた。21世紀とか2000年なんて、遥か遠い先の夢の時代だと思っていたけど、もう21年目になってしまった。でも私にとっては、先行きの希望は精々1,2年単位でした望めない。ひょっとしたら目の黒い内には、緊張のない世界(東西冷戦が終わって10年位の間)や、格差のない日本社会は見られないと思う。男の健康寿命(介護や杖などなしで自由に動き回われる状態のこと)は71歳である。そのせいかどうか、最近はどこへ行っても私より年上の人間がいない。ただの平均寿命は80歳とかいわれるけど、年だけ取っても外出が難しいということであろう。ある意味で、怖いものがなくなってきた。時として傲慢になったり、上目線になったり、というようなことがないように、外へ出る時は十分心していかなくてはならないと自戒している。
(写真は懐かし映画のDVD)

おわり(2020.12.1 記)


長い間ご愛読頂いてきました「四季雑感」は60号の区切りのよい号をもってしばらく休刊とさせて頂きます。新年からは、月刊にて「ラテン・アメリカ民芸品の旅」と称する、ラテンアメリカ諸国の旅物語を連載いたします。政治や経済とはかけ離れた、地球の裏側の国々の旅情、民芸品、風情、過去のできごと、観光ポイント、日本との繋がりなどをご紹介します。どうぞご期待下さい。  

樫村 慶一 

 


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