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日々の報道に対する疑問

ー コロナ感染者数 ー

稲垣 和則 

 

 地球レベルで感染拡大を続けている新型コロナウィルスですが、政府が報じる日本国内の感染状況は、主な諸外国に比べて感染数、死亡数ともに圧倒的に少なく、上手く抑え込んでいるように数字上は見えます。この理由として、日本人は清潔好きで、手洗い、マスクの着用など、マナーをきっちりと守るなど、衛生面の習慣が身についていることにあると考えていました。

 ところが、最近、政府が報じる感染者数、そのものに対し大きな疑問が湧いてきました。同じように思っている方が、皆さんの中にも少なからずおられるのではないでしょうか? 

 日本におけるPCR検査の数は、諸外国に比べて圧倒的な少なさです。日本でPCR検査を受けるには、まずは「相談」、次に「受診」、そして「検査」の手順となるようです。東京では検査までたどり着けるのは相談件数のたったの数%で、大凡97%の方が検査に辿り着けないのが現状と言われています。

 この結果、日本の検査数は、欧米の主な国に対して1/10以下、お隣の韓国(人口、面積ともに日本の半分以下)と比べて数十分の1といった具合です。感染の確認にはPCR検査は不可欠ですから、PCR検査数を抑えると言うのは、例えれば、夜空の星の数を数えるのに、サングラスをかけて数えるようなもので、決して感染の実情を把握することにはなりません。

 こうした疑念を抱き始めた最中、先日、慶應大学病院で行われたPCR検査の報告に目が止まりました。なぜなら、この報告をもとに現在の東京地区での感染状況を推測すると驚くべき結果となるからです。

 まずは、慶應病院の検査報告ですが内容を以下に引用します。

http://www.hosp.keio.ac.jp/oshirase/important/detail/40171/ )

『4月13日から4月19日の期間に行われた術前および入院前PCR検査において、新型コロナウイルス感染症以外の治療を目的とした無症状の患者さんのうち5.97%の陽性者(4人/67人中)が確認されました。これは院外・市中で感染したものと考えられ、地域での感染の状況を反映している可能性があり、感染防止にむけてさらなる策を講じていく必要があると考えております。』

 要するに、地域の67人の無症状の人を対象にPCR検査を実施したところ、そのうちから4人の感染が確認されたと報告しています。 この比率は約6%で衝撃的な値です。しかし、サンプル数が十分ではなく、この6%をそのまま市中感染率と推定するするはできません。たまたま、多くの感染者を拾い上げてしまったということがあり得るからです。

 サンプル数に対して、何人の感染者がピックアップされるかの確率分布は二項分布になります。 そこで、この分布特性を使えば、より信頼高い結論を導くことが可能となります。まず、サンプル数67に対して、感染者数が4以上になる確率と感染者割合(市中感染率)との関係を求めたのがこのグラフです。

 同グラフから、市中感染率が高くなると、当然ではありますが67のサンプル中に4以上の感染者が含まれる確率は高くなり、感染率5.5%で0.5となることがわかります。しかし、この結果を持って直ちに感染率を5.5%とするには、繰り返しになりますが、サンプル数が十分ではなく信頼ができません。

そこでもう少し安全サイドで評価することにします。例えば感染率1%の場合の縦軸の値は小さすぎて図からは読み取れませんが、約0.005です。 このことは、感染率が1%では、サンプル67の中に、4人以上の感染者が見つかる確率は0.5%で、まずはあり得ないことを意味します。裏返せば、67のサンプル中に4人以上の感染者が現れた場合、市中感染率は99.5%の確かさで1%以上であると結論づけられます。

 控えめの1%でも100人に1人で、現在の東京都の人口は約1,400万人で、この1%は14万人に相当します。この人数は、4月26日現在、PCR検査で東京都で確認された数3,836人の約40倍です。即ち、PCR検査数の極端な絞り込みの結果、東京都全体の感染状況の把握を見失っているのではと危惧されます。 

 それでも日本ではコロナによる死者数が、4月26日現在、358人で他国に比べて圧倒的に少ないと思われるかもしれませんが、陽性でもPCR検査を受けず亡くなっている人が少なからずいるものと推測されます。厚生労働省の統計によれば、肺炎あるいは誤嚥性肺炎で亡くなる方が毎年10万人以上います。1日あたり300人で、この数はコロナでこれまでに亡くなった人数に近いものです。このような日々300人近く亡くなっている肺炎などの患者の方々の中にも、ある程度の割合の人がコロナに感染し、死期を早めた人が含まれているものと思われます。こうした人は、死後PCR検査を受けることもなくコロナ感染者の死亡数にカウントされていないと推測します。

 この無症状の67人中の4人にPCR陽性が慶應病院で確認されたとのニュースは、4月23日にTVのいくつかの報道番組で取り上げられました。連日TVに出ずっぱりで、すっかり顔馴染みになった白鵬大学の岡田晴江氏(同氏には実験データ捏造の疑いも報じられていますが)、この報告を引用し、極めて深刻な感染状態にあるのではと指摘していましたが、具体的な分析には触れませんでした。また、4月26日(日)TBS サンデーモーニングでもジャーナリストの青木理氏も慶應病院の検査結果に触れましたが、結果が示す深刻さがどの程度、視聴者に伝わったかは分かりません。

 この感染率1%、感染人数が発表数の40倍と言うのは極めてショッキングな数字であり、俄かには信じられませんし、信じたくもありません。しかし、ニューヨーク州で実施された最近の抗体検査(感染経験のある無し)の結果では、14%で陽性で、実際は公式発表数の40〜50倍が感染していると報じており、上記の感染率1%、発表数の40倍といった値も現実味を帯びてきます。 

 コロナは、感染者の80%が無症状・軽症(その内 30〜50%が無症状)で、発症直前にもっとも感染力があるようです。私の推測ですが、見えない所で感染がここまで広がっているとすると、「Stay Home!」で新たな感染をそれなりに抑えられたとしても、既に陽性で今のところ無症状な人の中からも時間の経過とともに発症する人が少なからず出てくるものと推測されます。と言うことは、「Stay Home!」はさらなる感染を抑える点では大切ですが、短期的な効果を期待するのは難しく、長期戦を覚悟する必要があるように思います。

 日本は初期対応が遅れたと思います。 限定したPCR検査のデータをもとに、「よく踏ん張っている、持ち堪えている・・」と政府は言い続けていましたが、この間に確実に感染が広まったと思います。中国の習近平氏の来日の話、東京オリンピックも初期対応の遅れに影響したでしょう。諸外国のように、PCR検査を幅広く行い、徹底した感染状況の把握と感染者の隔離をすべだったと思います。日本にはMers, Sars の経験がなかったことが、今回の対応の遅れの原因にもなったようです。

 お隣の韓国では、徹底したPCR検査が功を奏し、最近では新たな感染者数が一桁台の日が続いています。PCR検査に加えて、IT技術を活用した台湾は、新たな感染者がゼロの日が続いており、生活も通常に戻りつつあり、プロ野球も再開される予定とのこと、羨ましい限りです。

 遅まきながら日本もPCR検査を拡大し、感染状況の正確・迅速な把握と陽性者の隔離を実施し、併せて医療体制の整備、強化、拡大を図って欲しいものです。我々も、これまで以上に行動を自粛し、マスクの着用、手洗いなどに努め、感染の防止に務める必要があります。

 政府には、今回のコロナによる被害の拡大、収束の遅れに対し、国民の行動制限や権利制限に限界がある現行法のせいにしたり、国民が「Stay Home!」を十分に厳守しなかったことを理由、言い訳にして欲しくはないものです。

以上

(2020.4.26 投稿)

 

 

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2019年 島崎陽子さんからの最新投稿

国立西洋美術館 松方コレクションをめぐる物語
―原田マハ著『美しき愚かものたちのタブロー』―

島崎 陽子


 「日本の若者に本物の西洋画を見せてあげたい」
 「これから大国と渡り合っていくためには、文化・芸術が必要だ」

 「わしには絵はわからん」が口癖の川崎造船所初代社長、松方幸次郎(1866-1950)には大きな野望があった、日本に西洋美術館を設立したいという当時の日本では革新的な強い想いが。西洋画に触れることができるのは印刷されたものだけだった。
 史実に基づくフィクション。
 英国人画家フランク・ブラングィンの船と船乗りの絵に触発されて購入したことをきっかけに、ブラングィンの絵を購入するかわりに彼に美術品蒐集のアドバイスと援助を受け、ロンドン、パリの画廊をめぐりながら「人を見て絵を買う」という松方はモネ、ルノワール、ゴッホ、ロダン等々の作品を精力的に買い付けていく。モネに会いにジヴェルニーにも出かけ、好意的な歓待を受ける。
 社長の肩書きより「美術コレクター」の肩書きが西洋の社会ではものをいい上流階級やビジネス界での潤滑油になっていることを身をもって体得していく。松方コレクションは数千点に上る一大コレクションに成長し、アメリカやロシアの大富豪たちのコレクションに比べても決して遜色ないほどになっていた。
 ところが、しばらくして川崎造船所は経営危機に直面し松方は責任をとって社長を辞任、パリでコレクションの保管を任されていた右腕、日置釭三郎(実在の人物)は、自分はどうなるのかコレクションはどうなるのか、と青天の霹靂のなかで生き延びていくことに精一杯という状況へ様変わりしていった。
 そして、ドイツ軍ナチスの波が押し寄せてくる。
 松方からコレクションを日本へ送ってほしいと命を受ける日置、「我がタブロオの命運は君に預けた。ともに生き延びてくれ給え。ただそれのみを祈る」 
 日置はコレクションの保管のためにパリの西にある小さな村アボンタンに家を買い、フランス人の妻とともにコレクションの保管に精を出す。自宅まで踏み込んできたドイツ軍には二階のコレクションに気付かれることなく気力で押し返す。今の松方コレクションがあるのはこの人物の命をかけた血のにじむ行動と功績をなくして語れない。
 二つの世界大戦で膨大な数の美術品は焼失、散逸、第二次世界大戦戦勝国フランスは母国の絵は敵国には渡さないと一方的に主張しフランスに接収されてしまう。
 1951年のサンフランシスコ条約で吉田茂がフランスに直談判、コレクションの返還が大きく前進するが敗戦国の日本の立場は弱かった。交渉に交渉を重ね1953年吉田内閣はフランスから「寄贈返還」される松方コレクションを受け入れる為に国立西洋美術館の開設準備を始めることとなった。

 上野西洋美術館「常設展」、特別展にのみ眼を奪われすっかり遠のいてしまっていたが、先日久方ぶりに特別展の後に常設展にも足を伸ばした。これまで何気なく観ていた(素通りしていた)松方コレクションに寄せる私の気持ちは熱くなっていた。松方や日置の熱意なくしてはこれらの絵画は日本には存在し得ないのである。
 ルノワール〈アルジェリア風のパリの女たち〉、モネ〈睡蓮、柳の反映〉が燦々と輝く太陽に照らされているように神々しく見えた。

 ゴッホ〈アルルの寝室〉が展示されていないのは残念極まりない。

 

 

 

  

 

(2019.12.2)

 

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