名曲ピックアップ

 
セルゲイ・ラフマニノフ 
交響曲 第2番 ホ短調Op27

モスクワ・フィルハーモニー交響楽団
指揮:ユーリ・シモノフ

Сергей Васильевич Рахманинов (1860-1911)
Симфония № 2 ми минор, op. 27
BАкадемический симфонический оркестр Московской филармонииr
cond. Юрий Иванович Симонов
 
 ラフマニノフの作品ではピアノ協奏曲第2番がよく知られていますが、今回は交響曲をピックアップしました。
 特に第2番の第3楽章(33:00~)が有名で、秋を感じる曲ではないでしょうか?
 
(楳本)
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ラテン音楽のお話し (No.6)  

 

by Kuno Joaquín Casimilla

 

コロンビア  クンビア(音楽以外で話題の多い国)

 

 コロンビアは南米諸国の中でも、音楽に関しては貧弱な国で、日本で知られている大衆曲は殆どありません。1950年代にベネスエラの音楽家、ドミニカ出身のビージョ、ことルイス・マリア・フロメータが率いたビージョス・カラカス・ボーイズがドミニカのメレンゲやキューバのマンボ、それにコロンビアのクンビアなどのカリブ海各地の音楽をひろめたことが記録されている程度であります。クンビアはもともとはヨーロッパやイギリスから渡ってきた、フォークダンスを元にしたような、男女がペアーになって足を踏み鳴らし腰を振り、手をかざす踊りです。このスタイルは他の南米の色々な国にある音楽の踊りに共通した形になっていますが、特にチリのクエッカに似ています。ベネズエラの農村地帯のダンス音楽、ホローポの影響を受けていると思われます。ボゴタの一流のショー・レストランでは、お客の国の国旗を背中に付けた踊り子が、クンビアに合わせて同じような振付の繰り返しの踊りを長々とやっていますが、お客は飽き気味です。一々聞くわけでもないのに、どうしてお客の国籍がわかるのかが不思議に思います。音楽の話はこのくらいにして、他のお話しに移りましょう。

 コロンビアといえば、まず思い浮かべるのは、コーヒーと宝石のエメラルド、そして、日本のかなりの量のカーネーションがコロンビアから輸入されているということです。コーヒーは、南米ではブラジルに次ぐ生産量を誇っています。中西部アンデス山脈の1300メートルから1800メートルのアンティオキア州の高原で栽培され、現地ではティントと呼ばれており、そのマイルドな味は日本人にも珍重されています。
 その昔、クレオパトラがすっかり気に入っていたと言われたエメラルドは、世界の60パーセントを産出しています。エメラルドには澄んだ色(透明度が高いので色が薄い)のものから、濃い緑色までありますが、欧米人は澄んだ色のものを好み、日本人は濃い色を好むと言います。石の中に別の結晶があるのが良いとされていますが、私には本当のところは分かりません。
 かっては、市内の薄暗い通りなどで、汚い子供がポケットから、エメラルドらしき緑色の石をいくつも取り出して ”安いよ安いよ” と売りつけたりしていましたが、今はいないようです。高価なものですから、やはりきちんとした店で買うのが安全です。こうした宝石店は、扉が二重になっていて、その上にガードマンがピストルを持って立っています。それぞれに鑑定書をだしてくれます。宝石にとって絶対に欠かせない金やプラティナもコロンビアは南米大陸で最大の産出国ですが、その割には指輪でもブローチでも、驚くほど安いと言うわけではなく、値段はせいぜい日本の半分位だったと覚えています。

 コロンビアは、宝石や金、プラティナがたくさん採 れ、国花にもなっている美しい蘭の花があちこちに咲き誇り、色とりどりの果物が溢れ、美味しいコーヒーがふんだんに飲め、人々は陽気なクンビアのメロディーに乗って踊る、色彩溢れる美しい国です。その上、コスタ・リカ、チリと並び、3Cの国・美人の多い国と言われ、石を投げれば美  
人に当たると言われるほど、すべてが羨ましい国なのに、長いあいだ麻薬にからむ血生臭い抗争が続き、何となく敬遠したくなる国でした。
 それに、この国はチリ南部を起点に南米西海岸から北上
する火山帯の上にあり、ご多聞に漏れず地震が多く、火山の爆発もります。1985年には西部のネバダ・ルイス火山が爆発し、泥流で麓のアルメロという町が消滅しました。
1993年1月にはガレラス火山が爆発し日本人研究者も危険な目にあいました。1994年6月、1995年
2月、1999年1月 とM6以上の大きな地震が起き、最近では、2008年5月に中部でM5.6の地震があり6人が死にました。
 ボゴタ市内にある黄金博物館は、コロンビアに行ったら是非見学しなくてはならない場所です。エル・ドラ-ドと言う言葉は、新大陸の征服者達がアマゾン川の流域
に求めた黄金境のことですが、この伝説の発祥地がコロンビアです。1939年に建設された博物館で、サンタンデール公園の一角にあり、ものものしい警備がなされています。収蔵する黄金の品々は36000点に及ぶといわれ、中に入るとガラス・ケースの各陳列棚には、大は宗教儀式の装身具や装飾品から、偶像、器などまで、まばゆいばかりに飾られています。装身具などの小物はは、並べてあるのではなく、雑然と放り込んであると言う表現がぴったりします。因みにボゴタ国際空港もエル・ドラド空港と言います。

 1980年代後半になりますが、五木寛之原作を元にした「戒厳令の夜」と言う映画がありました。南米のどこかの国(この映画ではグラナダとなっていたと思う)から流出した有名絵画を、主役の二人がその国に返しに行き、そこで起きた反乱に巻き込まれて死んでしまうと言う筋書きに、自衛隊の幹部がクーデターのようなことを起す話が絡んでいたように思いますが。古い話なので残念ながら詳しい事は覚えていません。物語りの中の反乱は、チリのアジェンデ政権を倒した、ピノチェット将軍の革命(1973.9)をモデルにしているようです。この革命シーンの海外ロケがコロンビアでありました。見覚えのあるモンセラーテの丘やら、国立競技場だとか、ボリーバル広場などが出てきたのですぐに分かりました。モンセラーテの丘は、市の西に立っていてボゴタのシンボルです。ケーブルカーで登ります。ここからは新旧市街が一望にでき、特に夜景が素晴らしい所です。頂上には教会があり、祭壇の後に回ると、何百、いや何千かもしれない松葉杖と、落書がびっしり書かれたギブスが、通路一杯に積み重ねられています。ここは、身体障害にご利益のある寺院なのです。丘の手前に南米解放の英雄シモン・ボリーバルの別邸があり、年中観光客で賑わっています。

 ボゴタから50キロ程北へ行くと、シパキラの岩塩洞窟があります。ここは、海抜2650メートルの高地にあり、岩塩の山を刳り貫いて教会の形に造ってあります。中の温度は平均14度で、ひんやりとします。教会の壁を舐めてみるとどこもしょっぱい味がします。ここは、スペイン人が侵入してくるまでは、原住民の酋長シパの住居だったものです。ボゴタ郊外にはこれと言った観光ポイントがないので、シパキラの岩塩洞窟の教会は、唯一の観光地とも言える場所でもあります。この先に行くと、衛星通信用アンテナがあるチョコンタ地球局があります。
かってはアンテナは一つでしたが、今はどうなっているでしょうか。懐かしい所です。

 コロンビアには、植民地時代の面影を今も色濃く残し   
 ているカリブ海に面したカルタヘーナとか、コーヒー、砂糖産業の中心地カリとか、常春の気候で国花の蘭の主生産地メデジン、それに紀元前900年頃まで栄えた石像文化の遺跡があるサン・アグスティンなど、観光地としての魅力を十分に備えた所が各地にありますが、訪れたことがないので紹介することができません。
 メデジンと言う都市の名前が出てきたついでに申し上げますと、アルゼンチン・タンゴの不世出の偉大な歌手、カルロス・ガルデルが、1935年6月24日にメデジンの空港で飛行機事故で死んだという悲しい話が残っています。別の機会にこれについてお話いたしましょう。メデジン空港のある、アンティオキア州という所は、「タンゴは我々の州の音楽だ」などと言うほど、狂信的タンゴ・フアンの多い所です。ガルデルが、このような所で死んだというのも、神話の導いた運命かもしれないと言われています。
 ラテン音楽のコロンビア編とは名ばかりの、横道にそれた内容になってしまいましたが、正直言って音楽的には題材がありません。コロンビアという国の概要がお分かり頂けれたらば幸いです。この辺で幕にしたいとおもいます。おわり  次回はボリビアです。  

2020.11.1
(つづく a continuacio’n)

 

 

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