連載コーナー




 

 

 

新 四 季 雑 感 (21)

樫村 慶一

日本の牛肉は、

産地により

そんなに

味が違うのか?

 

 今回は食べ物のお話をしよう。それもお肉の話である。日本には、米沢牛とか、松坂牛とか、神戸牛とか、なになに牛とか、色々土地の名前のついた牛が沢山いる。これらは、何処が違うのだろうか。そもそも、こんな狭い日本には、本当に美味しい肉牛を育てるに適した土地がどのくらいあるのだろうか。牛の味が変わるほどの、飼育方法の違いを生み出すことができるのだろうか。誠に疑問が多い。テレビ番組で、世界で一番美味しい牛肉はどこの国の牛か、という番組を見たが、アルゼンチン牛とオーストラリアの肉が、1,2を争う品質だった。これには私も同感である。

 大草原(パンパ)の遠望

 牛の肉は、起伏のない平原で自然にはえた、アルファルファ(日本名、うまごやし)という雑草を、体を余り動かさないで、ただ食べるだけで育つのが、一番柔らかくて脂っこくない最高の味の肉になる。アルゼンチンの牛もオーストラリアの牛も、そのルーツは、スコットランド北東部のアバディーン市の周辺やアンガス地方が原産の牛で、アバディーン・アンガス牛、一般にはアンガス牛と言われている。日本に輸入される主な肉は、大多数が米国やオーストラリア産の肉で、アルゼンとウルグアイの肉が少々入っているが、皆アンガス牛だと思う。美味しい肉だ。日本の牛肉は最初の一口が、何となく生臭い感じがすると思うのは、私の偏見だろうか? 今はあるかどうか知らないが、アルゼンチンにはかって、「アバディーン・アンガス」という銘柄のワインもあった、味は覚えていないが、まあまあのもだったと思う。アンガス牛の特徴は、赤身が多くて柔らかく、脂部分と別れているので、食べやすい肉だということだと思う。

 アルゼンチン・ワイン=アベル゙ディーン・アンガス

 日本とアルゼンチンの国土の大きさはというと、アルゼンチンは日本の8倍の広さがあり22の州に別れている、このうち、ブエノスアイレス州と隣接のパンパ州の2州だけで約450万平方キロあり、日本全土の377万平方キロより広い。そのうち約半分はパンパだが、それでも銘柄は、「アルゼンチン牛」一つである。これだけ広いと草原を真っ直ぐに伸びる国道を、車で120キロくらいのスピードで飛ばして、3時間かかっても、まだ草原は続く、しかも全くの平原であって、ところどころに、オンブーという高さ5メートルはゆうに越す大木(実は草の一種)が、ぽつんぽつんと生えている、牧場の事務所の様な建物がこの奥にあるという印に、道端に、古タイヤとか牛の骨にガウチョの帽子をかぶせたものとか、なにか一寸目につくものを建てている、しかし車で走りながら建物は見えないことが多い。地下を2米も掘るとしょっぱい塩水が出る。大昔海の底だったからだ。           
 私の知っている限りで、日本でアルゼンチンの大草原に似た場所と言ったら、北海道の平原くらいだろう、それでも広さは全く違うし、起伏が沢山ある、まして本州に、そんな牛の放牧に適した土地がどれだけあるか。狭っこい土地の牛にいちいち名前をつけて差別化を図ろうと言うのは、ナンセンスだと思う。

パンパで悠々と草を食む
アンガス牛の群れ

 アルゼンチンの牛は朝起きて、モウー と一鳴きして、足元の草を食べ始め、太陽の動きに合わせて、一日かかって日没まで自分の周りの草を食べる、草を探して歩き回る必要は全くないので、柔らかい肉だけの体になる。南米大陸は、アルゼンチン北部のラプラタ川やパラナ川を超えたウルグアイ国から、ブラジルに向かって緩やかな傾斜地になるので少しづつ肉が固くなる。
 日本の平地を全部合わせても、アルゼンチンの一州の広さもない。そんな狭い土地で、名前だけ付けたって、味の違いが出ることはないだろうと思う。餌で味の違いをだすと言うが、冒頭で申したように、餌は自然の牧草が一番いいのだと思うのだが、餌を違えてどの程度、味の違いがでるのだろうか。目をつぶって名前の違う牛の同じ部位を食べ比べて、味の違いがわかるのだろうか。疑問だらけだ。

 脂肪部分が少ないアンガス牛の肉

 生物というと動物と植物の総称だけど、植物は土地の改良だけで、そこで育つ植物の特徴は変えられる。米でも野菜でも果物でも、気候に対する適応力までも変えられるけど、動物は、そうはいかない。生き物は自分でその土地に適合しようとする知恵があるから、人間様のやることに一筋縄では応じない。(チリで南北の緯度がほぼ同じだからといって、北海道の鮭を養殖しようとしてうまくいかなかった例がある)。日本には牛が自然に生きられる土地がないし、牛の餌になる草がないので仕方がないが、本当に牛が好きなのは、天然の草原に生えている自然の草が一番好きなのだ。

 パンパのオアシス、
オンブーの木(本当は草)

 東アジアの中国から東北方面(中国東北部、旧満州、朝鮮半島などの地域)には、牛が自然に生存できる場所は少ない。モンゴルのように広い平原のような土地があるが、砂漠のようだし、旧満州辺りになると寒すぎるのではないだろうか、そのため食用に十分食べるだけの数がいない、そこで、昔から頭の良い人間は考えた。つまり、どうしたら少量の肉で満腹感を味合えるか、ということである。それには、まず肉を薄く切って一切れの面積を広げる、その次に、味を濃いめにつけること、他の材料と一緒に食べること、こうしてたどり着いた食べ方が鍋料理である。明治時代の牛鍋はすき焼きの元だと思うが、テレビなどでみると、結構色が濃いので、恐らく醤油や砂糖をそこそこに使っていると思う、味が濃ければ少量でも満腹感を味わうことができるだろう。実際に我々が食べるすき焼きにしても、肉ばっかり食べないで、野菜と一緒だし、そこそこに満腹感を味わえるというものだ。中国料理にしても、アルゼンチンの様な豪快な大きな肉料理はないし、韓国料理だって肉料理は薄く切った肉が主体だ。

 アルゼンチン人の食べ方は誠にシンプルである。量は男も女も普通400g~500gのステーキ(ビッフェ・デ・チョリッソという)で、味は塩だけである。焼くときに鶏肉には、なぜかレモンを掛ける人がいる。味付けは塩と焼き加減だけである。都会の中流以上の家には大抵アサド(焼肉)用器具が備わっている。一番下で炭を燃やし、その上に網を鎖で釣って、ハンドルを回して上下させ、焼き加減を調節する。一度に焼く時間は2時間位かける。現在は郊外に観光牧場があり、そこで観光客にビッフェ・デ・チョリッソを出すが、この肉を焼くのはガウチョの役目で、大きな網の下で、ガンガン炭を燃やし、つきっきりで、ほどほどに裏返ししたりして焼き加減をみている。

 この他に、牛の内臓のほとんどすべての部位を焼くパリジャーダという料理がある。心臓から肝臓、腎臓、胃袋,、腸、子宮等殆どの部位を焼く。(我々駐在生活者は常にポケットに醤油の小瓶を入れていた、数滴たらすと味がぐっと良くなる)。レストランなどで食べるときは、付け合わせは500gの肉に対して、小さなどんぶり程度の器に生野菜サラダ(玉ねぎ、レタス、トマトでエンサラーダ・ミスタ=ミックス・サラダと言う)だけ。一寸熱が通ったら一握りもないくらい少量の野菜しか食べない。大体アルゼンチン人は日本人ほど野菜をたべない。だから、足などに静脈瘤の人が多い(と言われる)。ステーキ肉には赤味と脂部分(1/5位)がはっきり分かれているので、脂を食べない人は、綺麗に取り分けることができる。仲間などと一緒に食べるとき、この脂部分が好きな人が、グラーシアス(ありがとう)と言ってフォークを刺して頂戴する。普通の日本人には、とても一人では食べきれない。
 ひれ部分(ロモと言う)は誠に柔らかい、だから、病人食や幼児の離乳食にされる。適当な厚さ(3,4センチ)に切り、周囲を軽く焼く、そして、中のまだ血が残ているような赤い肉を、スプーンで掬って食べさせる。私はそれまで、肉をたべすぎると胃が持たれて、翌日は大変だとばっかり思いこんでいた。アルゼンチンへ行ってまもなくの頃、友人と食事をして、結構食べたなと思って消化薬を飲もうとしたら、とんでもないと止められた。牛肉くらい消化のいい肉はない、消化薬なんて全く要らない、だまされたと思ってやめておけ、というのである。そして、その通りであることを知った。
 牛以外の肉はどんなものを好むのかと言うと、牛の次は羊である。肉のレストランへ行くと、入り口に羊を一匹、腹から割いて広げたものを、炭火でゆっくり焼いている。その次は鶏肉、豚はその次くらいだろうか、豚肉は自由に走り回って飼われているので、硬くて油っけがなく、美味しくない。その次は日本人もご存じの、全身が針でおおわれているような、アルマジロ(キルキンチョともいう)、そして兎、これらは鶏に似ていて、食べやすい。パラグアイ辺りで、鰐の尻尾が最高に旨いと言う政府高官がいた。

 世界の牛の分布は知らないが、アルゼンチン肉の料理が量と味の点で横綱なら、さしずめ北東アジアは前頭というところか。アルゼンチン人は朝から肉を食べる、主食なのである。日本人がいくら肉が好きだといっても、朝からステーキを食べる人はいなだろう。何世紀も続いた食生活の質は変わるものではない。さりとて、恐らく今後もアルゼンチン牛の品質が変わることも無いと思う。
 その理由は、牧場のオーナーの多くは、日常はみな牧場のある田舎には住まないで、フランスやイタリア、スペインなどヨーロッパに住んでいて、牧場経営の一切を執事という代理人に任せて、1年に一度売上を調べに帰ってくる。執事は毎年、前年同様ですと例年並みの売り上げが報告できれば、ご苦労様よくやったと、次の年も任せてもらえる。しかし、品質改良など危険のともなうことをやって、失敗しようものなら即、馘になる。危険を伴う品種改良なんかに手をだすわけがない、と思うからである
 一方、狭い国土をコマ切れに区分けして、それぞれに、名前を付けて張り合っている日本の牛肉産地が、なんともせせこましいと言うか、いじらしいと言うか、狭い国に住む人の商才というのか、複雑は気持ちにさせられる。こんな感じを持つのは、日本人として生意気なのか、と自己卑下に陥ることもある。やっぱり、私はれっきとした日本人なのだから。では、この辺で、次回まで。おわり  (2024.1.20)

 

 


 

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