第21

 

林檎の木  The Apple Tree
 ゴールズワージー  (John Galswothy)著
 守屋陽一訳  集英社文庫

 

《林檎の木、歌をうたう少女たち、金色の木の実》

Arthur Hopkins
A young girl carrying violets

 「松の混じった落葉松と椈の細長い林が、はるか彼方まで続いていた。…その場所は、金色のハリエニシダと、五月に近い陽光を浴びてレモンのような香りを漂わせている、羽毛に似た緑の落葉松に取りかこまれ――深い谷間と、遥か彼方まで続く荒野の高台のあたりを、遠くまで見晴らすことができた。…自殺者の墓石の上にはリンボクの小枝と一束のブルーベルがのせてある。」
 「ここでは強い陽光が顔をほてらせ、郭公がサンザシの上で鳴き、ハリエニシダが甘い芳香を放っている――ここでは、小さな羊歯の若葉や、星の形をしたリンボクに取りかこまれ、輝くばかりの白い雲が、丘や幻のような谷間のはるか上を流れ過ぎて行く。」(本文より)

 

 Arthur Hopkins
The Well by the Maytree

 一遍の田園詩。目の前には美しい英国の田園風景が流れるように広がっていく。“自殺者の墓石”が暗示をほのめかしていて、この絵画のような風景のなかで展開されるであろう出来事に期待と不安が入り混じながらページをめくっていった。
 都会の大学生アシャーストと田舎娘メガンとの出会い。出会った瞬間からメガンの眼はいつも彼に注がれていた。アシャーストは奇妙な幸福感を感じながら「これは何かの始まりだった。だが、いったい、これから何が始まるのだろう?」と自身に問いかける。

Arthur Hopkins
A garden in the Cotswolds

 淡紅色の蕾の林檎の木や黄褐色に輝くスコットランドもみの幹や大枝、芽吹いたばかりの若葉が若者たちの情欲を嵐のように急き立てていく。
 激しい歓喜、みなぎる生気、新しい春の感情が芽を出し蕾を開こうとしていた。
 よろこびが飛翔していく。
 泉がほとばしるようなモーツァルトK136ディヴェルティメントが聞こえてきた。
 「二人でロンドンに行こう、君に世間というものを見せてあげる、明日トーキーにいって銀行からお金を出し君に洋服を買ってきてあげる、二人でそっと抜け出しロンドンに行ってすぐ結婚しよう。」

クリムト リンゴの木

 一時の血迷い事とは思えない。歓喜にあふれていたではないか。輝いていたではないか。純真な恋があったではないか。そこには偽りの感情は微塵もなかったと信じたい。
 都会と田舎、階級差、学識と無学という二律背反の言葉では解決しえない男女の素朴で清白な熱情を信じたい。

 

 アシャーストよ、あなたにモーツァルトK540クラヴィーアのためのアダージョロ短調を捧げよう。モーツァルトの魂の言葉が聴こえる曲である。あなたにはメガンの魂が聴こえてくることであろう。


大きくなった木の下で会おう。
わたしは新鮮な苺をもってゆく。
きみは悲しみをもたずにきてくれ。
そのとき、ふりかえって
人生は森のなかの一日のようだったと
言えたら、わたしはうれしい。
(長田弘 『詩ふたつ 花を持って、会いにゆく 人生は森のなかの一日』より)

 

 今回はいつもと違う趣きでお届けいたします。
 私は数年前、この少女画A young girl carrying violetsにひとめぼれしました。この本を読み進めていてよぎってきたのがこの絵画です。すみれの淡い紫と白と淡い緑が音楽のようにかけあっています。
 この本は階級社会がもたらす悲劇の短編小説です。イギリス社会は日本人の想像を超える階級社会、その日常生活に根付いている隔たりは文学の題材になりやすく、多くのイギリス文学作品の要因と構成物になっています。

コールズワージー(1867-1933) ノーベル文学賞受賞者のイギリス人作家
アーサー・ホプキンス(1848-1930) ロンドン生まれの画家

(2022.7.2) 

 

 

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