第22

 

絵は楽しく美しく 愛らしいもので なくてはならない
ピエール =オーギュスト・ ルノワール  
Pierre-Auguste  Renoir (1841 - 1919)

 

 拙宅玄関に掲げられているルノワールの『桟敷席』、毎日眺めていて、そのたびに幸福感に満たされる。

 今回は、人々に夢を与え続けた肖像画の第一人者、ルノワールを紹介してみたい。絵画に興味のない人でも必ず一度は目にしているといっていい人気のある画家である。

 ルノワールは磁器の街リモージュに生まれた。父が仕立て屋をしていたため、流行のファッション等を美しく描くことが得意になっていった。幼少期は天性の美声で音楽の才能にめぐまれグノーの聖歌隊へ入ったこともあった。
 13才の年にパリのセーブル磁器の絵付け職人の下にあずけられたが4年で機械に奪われ、職を失う。21才で国立美術学校に入学、そこでモネやシスレー、バジールといった、のちの印象派の仲間に出会う。

劇場にて(初めてのお出かけ)(1876)

 ルノワールは印象派を代表する大家でありながら唯一の労働者階級出身であった。開けっ広げな会話やきわどいユーモアに満ちたジョークは、終生、彼の特質となるが、幼少期の労働者たちとの交流がそのセンスを育んでいったのであろう。決して順風満帆な人生ではなかったが、いつも温かさにあふれ、品があり、心穏やかになる絵画を多く描いていった。素朴な庶民の日常の絵画にもそれらは見ることができる。

 そして風景画より人々が求めていた肖像画を描くことによって生計がたてられたことは幸運だった。ルノワールは「職人」に徹していて、お客を満足させるように培われたルノワールの職人気質は、芸術家としての成功へと導くこととなった。貧困の現実を誰よりも知っていたルノワールは原動力となっていたハングリー精神に支えられ、顧客満足度を重視しながら筆を取っていった。

 二人の姉妹(テラスにて)(1881)

 フランスの小説家オクターヴ・ミルボーはルノワールの画集の序文で「ルノワールの人生と作品は幸福というものを教えてくれる」と語っており、「幸福の画家」という称号がここから広く浸透したという。
 またルノワールは「人生には不愉快な事柄が多い。だからこれ以上、不愉快なものを作る必要はない」という言葉を残している。自身の貧しかった幼少時代や下積み生活があったからこそ追い求めていた理想美があり、絵画への確固とした信念があったのであろう。

 ここでは『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会』の作品を取り上げてみたい。
 19世紀末、パリのモンマルトルの丘の踊り場では地元の庶民が気軽に踊りを楽しんでいた。近くに住んでいたルノワールはキャンパスを持ってそこへ通い、この作品を制作していく。ルノワールの友人たちも多く描かれている。

 ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会(1876)

 「楽しく、美しく、愛らしい」要素が散りばめられている。派手派手しくはない素朴な庶民の幸福感あふれ、花が舞っているようで華やかなひとときを演出している。ぼやけた光の玉で木漏れ日を表現している。ピンクと水色の組み合わせがソフト感を際立てていて数か所に見られる赤がアクセントになっているようだ。そして、黒。印象派では自然の光を描くことにこだわっていたため、黒を使うことを避けていたそうだが、ルノワールは、黒が見る人に及ぼす効果を客観的に理解し「黒は色の女王」と考えていて黒を使っていた。ルノワールの黒は、華やかで鮮やかな色彩をより一層際立たせているのではないだろうか。対比する色が他方を引き立てる、陶器の絵付け職人の経験がここにも生きている。

 ルノワールが描き続けた穏やかで幸福な時間、こんな日々を送っていきたい。

(2022.9.3) 

 

 

ルノワール作品集(YouTube)


 

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