「フランダースの犬」と ルーベンスの絵 |
著者:ウィーダ (イギリス人) |
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ルーベンス 自画像 |
子供向けの名作であり読んだ記憶はあるのですが、内容が曖昧という本が何冊もあります。今回はそのなかから「フランダースの犬」を読んでみました。主人公ネロがどうしても見たかったルーベンスの3枚の絵『聖母マリア被昇天』『キリスト昇架』『キリスト降架』が登場してきます。
悲惨な結末に心がえぐられました。クリスマスの日でした。 幼いころから観たかった絵を観るという夢をかなえ、パトラッシュに抱き抱えられて、苦楽を共にしてきた唯一のパートナーパトラッシュと、そして聖母マリアとともに、ネロは天に昇っていきました。
フランダースの人間たちと風土に、著者のウィーダは温かい目を注いでいません。パトラッシュを道端の下に蹴り捨てた元の飼い主は、重い荷物をパトラッシュひとりに引かせてのろのろとついてくるだけでした。ここで「フランダースの人間たちは、せいぜいこんな取り扱い方しかしなかったのです」と書き加えています。風土に関しては、あまり美しい土地ではなく、アントワープの町のまわりは、特に眺めの悪いところで、灰色の塔から悲しげな鐘の音が鳴り響いてきて、何の美しさもみられないのです、まるで牢屋にでも閉じ込められたようです、と自然や町も負のイメージで描写しています。
こうしたなか、青々とした土地の小麦畑や菜種畑、運河のほとりに茂るいぐさや、荷船が緩やかにすべっていって色とりどりの旗が風景を豊かにする様子や広々とした大きな眺めはネロとパトラッシュにとっても楽しい眺めでした。 フランダースの人間たちと風土全てが二人の生活を苛酷にしましたが、それに比例するように二人の絆は固く固く結ばれていったのです。パトラッシュだけは、ネロの芸術の才能を認めていました。読んでいて元気づけられたのは、パトラッシュのネロへの真摯な愛情とネロの強靭な意志力でした。
ネロには生きる力がみなぎっていました。村の人たち全員から仲間外れにされても「ぼく、ちっとも貧乏じゃないよ。王様の力よりも、もっともっと強い、決してほろぼされることのない力を感じていられる自分は、それだけで、決して貧乏であるはずがない」そう思っていたのです。 アントワープは薄汚い、あわただしい商業都市にすぎませんでした。しかしそこには、ネロが愛したルーベンスの絵が掲げられているサン・ジャック教会(聖母大聖堂)がありました。 教会堂の暗がりの中を大きな白い光がさっと走りました。外の雪の照り返しが、まるで夜明けの光のように澄み切っていました。ネロは絵の方へ両腕を差し伸べました。激しい喜びの涙が輝いていました。
「ああ、神様、これでもう、何もいうことはありません」
月の光、天国の神様から射してきたような、澄み切った、美しい、きらきらとした光でした。そして、光は突然消え去ってしまったのです。
** 本書に登場してきた画家たち ルーベンス デニールス ミーリス ファン・ダイク ヨルダンス ヴィールツ
地元フランダース地方では「フランダースの犬」はあまり知られていません。名作として読み継がれているのは日本くらいだそうです。
『聖母マリア被昇天』についての簡単なご説明です。聖母マリアはイエスの母であり、彼女が地上での人生を終えたのち、天上世界で引き上げられるシーンが主題になっています。通常キリスト教徒は亡くなると、最後の審判を待ち、その後天上世界(もしくは地獄…)に行きます。しかし聖母マリアは神イエスを産んだ特別な存在なので、死後すぐに天上に昇りました。「昇天」ではなく「”被”昇天」という訳が日本語で伝統的に使われているのは、聖母マリアが神によって「引き上げられた」というニュアンスを含むためです。
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