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四 季 雑 感(48)
     
樫村 慶一  

世紀が変わって20年になろうというのに

  梅雨が長いの、外は暑いのなんの、でかい台風が来るぞ来るぞ と言いながら、暦だけは正確に移ろいをもたらす。気が付かないうちに残暑見舞いの時期がきて、アッと言う間に、秋がきて、あれよあれよと思う間に1年が終わってしまう。暑い頃は日射病絶対反対という、女房亡き後の後見人を自負する娘の言うことを聞いて、外出は週2~3日に限定してパソコンに精出していた。お陰で、丸60年の結婚生活を記録したアナログカメラ時代のアルバム70冊余りを、全部スキャンし終わりデジタル化した。マンションのクローゼットに大分隙間が出来た。終活のひとつである。ただ、スキャンで問題は、どうしても元写真よりピントがぼやけることだ。そこでピント矯正用のアプリを買って、大事なシーンのものはピントを補正する。お金を出して買ったものだけに、ピントが、特に人物の顔などはかなりはっきりする。因みにスキャンし終わった元写真のうちで、家族、特に妻の写っているのは、燃えるゴミでは忍びなくお寺で成仏させた。神楽坂にあるS寺に送り、祈祷してお焚き上げをしてもらうのだ。段ボール1個分のお布施は3000円である。家族が写っていない写真も随分あったが、それらは燃えるごみで処分したが、私にとって,この夏最大のイベントであった。
  世紀が変わるなんて、日本も世界もなにもかもが一変することのように凄い事だと思っていた。それも良い方に。世界中がコンピューターの切り替えで天手古舞していたのを、まだしっかり覚えている。でも、20年近く経って振り返ってみると、世界も日本も、確かに随分と変わった。たった20年足らずなのに貿易、経済、外交関係、習慣、治安、生活様式、食べ物から娯楽に至るまで、何もかも悪い方に変わってしまった。差別、格差拡大、民族や国家の分断、孤立だとか、人間社会の悪い面ばかりが強く出てきた。原因は自分本位、我儘勝手、傲慢、強欲、残酷、独占欲などなどが元になる。これを突き詰めていくと、ある一人の人物に行きつく。 その名は、Señor Tramp この男は地球上の表面にできた皮膚がんのようなもので、発病して以来地上のあちこちに転移して平和を乱していく。こうゆう癌が地球上に張り付いている限り、地球はますます住み難くなるのであって、あながち異状気象のせいばかりではないような気がする。
  それでは、人類の歴史として人間が生きてきた史実が明らかになって以来の時代で、何時が住み易い、住みたい時代だったんだろうか。1958年から続けている新聞のスクラップ集をめくってみたら、2013年11月16日の朝日新聞に下記のようなランキングが出ていた。一番住みたい時代から順にならべてある。

① 遠い未来(100年よりもっと先の)(理由:今よりは全てが良くなっていると信じて)
② 高度経済成長期(1955~1973) (このころが日本の頂点だったから)
③ 安定成長期(1974~1985)(貯金が増えたよき時代だった)
④ 江戸時代(17~19世紀)(四海波立たずで太平の世だった)
⑤ 近い未来(2014~100年後)(子供や孫とずーっと暮らしたい)
⑥ バブル経済期(1986~1991)(思い切り稼いで派手な生活をしてみたい)
⑦ 平安時代(8~12世紀)(光源氏のような人と恋をしたい)
⑧ 明治時代(1868~1912)(がんばれば成り上がれる時代だった)
⑨ 大正時代(1921~1926)(あの時代は良かった、モダンで楽しかったと故老が言うから)
⑩ 縄文時代(1万年前~紀元前3世紀)(貧富の差がなかったから)

以下は次のような時代である。
⑪飛鳥時代(6~8世紀)、
⑫奈良時代(8世紀)、⑬戦後の復興期(1945~1954年)、
⑭戦国時代(15~16世紀)、⑮バブル崩壊後の現代(1992~2013)。⑯安土桃山時代(16~17世紀)、⑰旧石器時代(1万年以上前)、⑱弥生時代(紀元前3~3世紀)、⑲室町時代(14~16世紀)、 ⑳戦前(1926~1941)
となっている。

  理由はそれぞれあろうけど、私は、 ⑳位の「戦前」派である。 戦前とは昭和元年(1週間しかなかったけど)から16年までをいうが、昭和5年(1930)生まれの私は戦争が始まった時は11歳、昭和10年頃(5歳)からの記憶はかなり鮮明なものがあるが、昭和16年12月8日の「大本営発表」は、はっきり覚えている。東京中野区に住んでいた私は小学校6年生、前日雨が降って水たまりができた校庭で、校長先生の訓話を聞いたのをしっかり覚えている。結局今80年間の過去を振り返ってみても、色々ありすぎて何がと言う題目によって”あのとき”が違ってくるけど、一口に言うならば世界を含めて世の中の動きに頓着しないで、日支事変なんて他所の国の騒ぎくらいにしか意識しないで、子供らしくただひたすらに遊びまわっていた事だけが記憶に残る、昭和10年から16年までが、もう一度住みたい時代のトップである。遊び疲れて台風で倒れた木に腰掛けながら、日独伊三国同盟はすごいねーなんて、意味なんて全然わからないくせに、友達と話し合った時の、場所を含めた記憶がなぜか頭の隅から消えない。
  年寄りは、先がないから後ろを振り返るしか体の向きがない。上記のランキングのついで、同じ年(2013)の記事を手繰っていたら、これも興味深いランキングがあった。「死語」ランキングである。死語とは日常で通用しなくなった絶滅語のことだ。コメント抜きに羅列すると、「パタンキュー」「お茶の子さいさい」 「ハイカラ」 「ルンルン」「驚き桃の木山椒の木」「アベック」「胸キュン」「グロッキー」「イチコロ」 「小股の切れ上がったいい女」 「ミーハー」「あたぼうよ」「地震雷火事親父」「おきゃん」「おてんば」「オバタリアン」「とっぽい」「シェー」「べっぴん」「ほの字」「お妾」「貞操観念」まだまだ沢山の言葉の死骸が世の口から消え、いずれは辞書からも消されるのだろう。そんなこと言っている間にも自分の名前が死語になる時が、静かに忍び寄っているのだろう。覚悟だけは出来ているつもりだけど、ホスピスに入るのは嫌だなと思う。最近逝ったK君のように寝ている間に心臓が止まるのが、最高の理想形なんだけど。
 定年後には2度の人生峠があると人は言う。一つは72,3歳、それを乗り越えたら次は、87~89歳。そういえば新聞の有名人などの訃報でも87とか88が多い。目下最後の峠89歳を、ふうふう言いながら登っている。うまく登り切れると何が見えるんだろう。期待は大である。   (2019 .8. 25 記) 。

【写真説明】
①お焚き上げの様子。都内には燃やせる場所がないので、地方へ持って行って焼く。神楽坂S寺の坂戸市の焼却場での様子。
②平和な時代だったが、社会的大きな出来事の一つ、日本橋白木屋(後の東急、現在のコレド日本橋)の火事(1932.12.16 )。和服の裾の乱れを恥て救命綱から手を放し14名が転落死、以後ズロースが普及した。(ただし、実際は裾を気にせず大勢が助かったといい、これを都市伝説と言う人もいる)
③ハイカラ。襟のことだけではなく外国のファッションを取り入れた人をハイカラさんと言った。
④小股の切れ上がった良い女。定義はwebでどうぞ。要するに、当時のすらっとした細身の和服の似合う女性を評した。

 

 


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