第14話(後編) - k-unet (KDD OB ネット)
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第14話:がんばろう!ニッポン!
~ 後編 ~

2012年11月 遠藤榮造

◆オリンピックの熱気が去って早くも秋から冬へ。紅葉の好季節と共に世間の舞台もめぐり移っている。前編では、さきのロンドン夏季オリンピック大会や近代オリンピックの経過などを振り返ってみた。一方、オリンピック発祥の地として栄誉を担うギリシャだが、長年の放漫財政が明るみに出て、同国の加盟する欧州共通通貨「ユーロ」全体に信用不安が広がり、さらに世界経済にも不況の影響を及ぼすと云う、不名誉な事態を指摘した。したがって、この後編では、敢えて複雑怪奇な国際経済の話題にも触れて見たいと思うが、何分にも素人の岡目八目談義!予めご諒承をお願いしたい。
 さて、秋は「ノーベル賞」の季節。今年も日本人の受賞者(医学生理学賞)山中伸弥教授の発表受けて、国中が祝賀気分に沸いた。ノーベル賞は周知のとおり、物理学賞・化学賞・医学生理学賞と経済学賞がスエーデンで、平和賞がノルウェーで、それぞれ選考・発表されている。1901年の創設当初は受賞者の選定システム等の関係もあり、対象者が欧米人に偏っていた。漸く戦後に至りグローバルな選定が行われるようになり、日本人受賞者は、1945年の物理学賞・湯川秀樹博士にはじまり、この半世紀余で20人を数えている。この受賞者数は、近隣諸国では断トツ、欧米各国に比べても際立つ実績で、誇らしくも頼もしい限り。ノーベル賞は個人の業績を対象とする(平和賞には団体も含む)が、国の科学・文化・経済など学術レベルの現れとも評される。今回の山中教授の栄誉を励みに、益々“がんばろう!ニッポン!”
 さて話題の欧州共通通貨「ユーロ」について見ると、その母体である欧州連合(European Union=EU)が今年の「ノーベル平和賞」に輝いたことも周知のとおり。現下の世界経済不況の震源とも云われるEUに対し、敢えてこの時期に平和賞が贈られた訳で、意表を突く発表に驚きを感じた方も少なくないと思う。EU体制の構築が、永年にわたる欧州諸国の平和結束の努力によることは、つとに注目されており、ノーベル賞の顕彰には意義深いものがある。また世界の他の地域に対する平和構築のお手本・モデルとしても高く評価されるところであろう。平和賞の発表は何時もながら政治的ニュアンスが込められるが、今回も恐らく、ユーロ問題の試練を乗り越えて、さらなる平和の結束に向け“がんばれEU!”とのエールを送っているものと云えようか。

◆EU体制構築の経緯等については、大方ご存知の通りだが、20世紀前半に2度にわたり世界大戦の発端となった欧州諸国の強い反省の下、不戦の誓いとして超国家的枠組の欧州連合が構築されてきた。つまり、さきの大戦直後から米国の経済支援(無償援助を含む「マーシャルプラン」)をはじめ、世界銀行や国際通貨基金(IMF)等の融資を受けて欧州各国の復興が促進された。特に英独仏などの欧州主要国間で様々な和解協力の試みが進展し1967年には欧州共同体(EC)を実現。その結束が拡大・深化して、1993年に「独立国家連合体」としての欧州連合(EU)が発足した。いわゆるマーストリヒト条約により、単なる経済統合にとどまらず政治・司法・外交・安全保障面にもわたる国家連合を形成した。欧州各国は、それぞれ国民投票などの手続きを経てEUに加盟し、今日では東欧・地中海諸国にも拡大、EUは27か国(人口5億余)の輪を構築している。国民投票で過半数に達しなかった未加盟国(ノルウエーやスイス等)の今後の加盟は期待されよう。

 EUの特色はその形成過程にあると云われる。例えば、外交・安全保障・人権・法の支配など連合体としての普遍的政治体制の確立では、1990年代のユーゴ紛争の苦い経験も生かされたと云う。国連を中心とする平和維持部隊(PKO)への参加、つまりEU部隊の編制により、以来アフリカ・バルカン・中東等の紛争地へのEU部隊のPKO派遣に繋がっている。なお、EU本部はブラッセル(ベルギー)に置かれ、各国にも連合体の統治機関が展開し、EU議会をはじめ大統領・閣僚などの統治機能が活躍していることも周知のとおり。
 EUの共通通貨「ユーロ」の導入について見れば、ヒト・モノ・カネの移動に制約なく、関税障壁も取り払われる単一市場を目指すEUとして、共通通貨制は当初からの目標と云われる。まず1979年に、いわゆる欧州通貨制度(EMS)として、一定巾の変動を許容する固定為替相場制を導入した。その後、ソ連邦の崩壊やドイツの東西統一に象徴される市場経済の拡大に伴い、通貨間での軋轢(例えば、強いドイツマルクに買いが集中)が高まり、緩和策として1995年から共通通貨「ユーロ」の導入が図られた。2001年にはユーロ貨幣が流通し新たな段階に入った。目下ユーロ圏への参加は17か国だが、ユーロは既に米ドル・英ポンド・日本円と共にIMFが採用するSDR(特別引出権)バスケットの4基軸通貨として国際的に重要な地位にある。なお、ユーロを管轄する欧州中央銀行(ECB)は、本部をフランクフルト(独)に置き、EU各国の中央銀行も統括している。

◆以上見るようにEUは、国家連合として結束し順調な経済発展を遂げており、その総生産高(GDP)は、既に米国を抜いて世界一の座にあると云う。IMF(国際通貨基金)の統計(2011年)によると、EU内のGDPは17.5兆ドルで、全世界のGDP総計・約70兆ドルの凡そ25%を占め、米国のGDP15兆ドル(世界の22%弱)を上回った。なお、米国に次ぐのが中国の7.3兆ドル(10%)、日本は5.9兆ドル(8%)で4位を占める。もっとも、人口比(中国13億人:EU5億人:米国3億人:日本1.3億人)を加味した比較で見ると、やはり米国が1位、EU2位、日本3位の順になろう。
 EU各国は市場競争においては、米国を見習い「追いつき追い越せ」をモットーに、戦後の復興発展を遂げてきたと云えよう。つまり、EU国家連合と米合衆国連邦は共に自由民主主義の成熟した共通文化圏にあり、平和的な産業技術の競争において切磋琢磨していると云えよう。そのような競争の実態として、EUの意欲的事業は枚挙に暇ないが、例えば、当時世界初の超音速旅客機(SST)として華々しくデビューした、英仏の共同開発による「コンコルド(英仏両語で協調の意)」事業を挙げることが出来よう。
 コンコルドは1969年に初飛行。マッハ2。5の超音速でロンドン・パリからニューヨーク・シンガポールなど世界主要空港間を結び、ビジネス機として人気を博した。日本航空も一時期SSTの購入を検討し羽田へのデモ飛行も行われたが、不運にもパリ空港での事故をはじめ騒音や燃費問題、さらには旅客機の大型化時代を迎えて採算性などからSSTは次第に敬遠され、2001年の同時多発テロ(9.11事件)による心理的影響も加わり、遂に2003年で30余年の運航に幕を閉じた。なお、その後の旅客機大型化競争では、エアーバス社が仏独の共同事業として発足(後に英・スペインも参加)し健闘している。今日では大型機で君臨する米航空機産業(ボーイング社など)と互角の競争を展開していることはご存知のとおり。
 さて我らKDDにとって、お馴染みの衛星通信面から見れば、既に述べる通り国際海事衛星機構(インマルサット)が1979年ロンドンに設立された訳だが、その初期システムを構成する欧州宇宙機関(ESA)のマレックス太平洋衛星について、KDDはその打ち上げ運用に協力するため、衛星コントロール(TT&C)施設の建設・運用を請け負った経緯がある。ESAはEU条約上の協力機関で、欧州19か国が参加し宇宙研究開発などを担当している。このTT&Cの請負交渉には、筆者らがパリのESA本部に赴き、友好裡に協議が進んだことを懐かしく思い出す。また、オランダ西部の欧州宇宙技術センター(ESTEC)を見学する機会もあった。ESTECは、当時(1970年代末)はまだ少規模な宇宙研究開発施設との印象であったが、宇宙技術では米航空宇宙局(NASA)の欧州版を目指す意気込みが窺われた。因みに、JAXA資料によれば、ESAの2011年予算は4,800億円でNASA予算の35%に相当、日本のJAXA予算の凡そ3倍に当たる。ESAの活動は次第に増強されていることが窺える。

◆話は前後するが、ユーロ危機を惹起したギリシャ問題を見ると;長年にわたる年金天国(現役時代と変わらない年金額の支給)に象徴される同国の放漫財政が、ユーロ圏各国からの借金で賄われてきたとされ、2009年のギリシャ財政報告において粉飾決算が明らかとなり、ギリシャ国債は暴落、財政は破綻寸前の状況に立ち至ったと云う。
 ギリシャはEU主要国や欧州中央銀行(ECB)の支援をはじめ、国際通貨基金(IMF)などからの支援・指導を受けて、財政の立て直し・緊縮財政の具体化が迫られている。報道でご存知のとおり、年金や給与の削減と共に増税などでギリシャ国民の不満・対立が激化し、遂に総選挙・政権交代などの混乱に発展、財政再建の道は険しいとされる。なお、EU圏ではギリシャのほかにもスペイン・ポルトガル・イタリアなど南欧諸国の財政不全問題が順次顕在化し、欧州経済の大きな不安材料として注視される。共通通貨が各国個別の自由な金融財政下(財布の紐の緩い国も含む)に置かれたとの批判もあり、EUとしてはギリシャ問題の解決を急ぐと共に、ユーロ圏各国の財政規律強化等により、ユーロの信用不安を払拭し、ユーロ圏の結束を図る方向とされる。最近の報道によると、EU当局の発表として、ギリシャ債務危機は関係国際機関の支援・協力により乗り越えられる見通を得たと云う。このところ、為替相場が「円安ユーロ高」の傾向に進んできたのは、その裏付けとも評論されている。

◆さて、このように問題山積の世界経済の中で、去る10月中旬東京において、国際通貨基金(IMF)と世界銀行の合同年次総会が開催され、注目を集めた。この総会はご承知の通り、日本政府の招請によるもので、東京での開催は48年振り。IMF/世銀の加盟国188か国から代表団・専門家および関係国際機関(OECD/WTO)等、凡そ2万人もが参集したと云う一大イベントであった。併せてこの機会に、日米欧先進7か国の財務相・中央銀行総裁によるG7経済サミット等も開かれている。
 ギリシャの債務危機・ユーロ不信・世界不況が懸念されるこの時期に、この年次総会において世界経済がレビューされ、現状認識、改善策等が討議され、世界中の関係者間で共有されることは大変意義深いものがあると云えよう。

◆上記年次総会の規模からみても判るように、IMF/世銀とも、ワシントンDCをベースとする巨大な国際機関である。因みに、我らのインテルサットは1973年に恒久制度化されてワシントンの国際機関に仲間入りしたが、筆者は当時、世銀職員の若手日本人キャリアーに知己を得て、同機関の見学・案内を受ける機会があった。幹部食堂で昼食まで御馳走になったことを想い出す。当時の印象も含め、両機関の概要を纏めて見よう。
 IMFと世銀の生い立ちは意外と早い時期
で、ほぼ国際連合と同時に発足している。つまり、第2次世界大戦が終焉を迎えたころ、唯一の戦勝国と云える米国が中心になり、連合国首脳が糾合して戦後世界の構想が進められた。再び世界を戦火の巷にしないと云う強い反省の下、戦前の国際連盟に代え、平和共存・人権尊重・自由平等などを目指した国際連合(UN)を1945年に創設。同時に、大戦勃発の底流に国家間の経済的軋轢があったとの強い反省から、戦後世界では特に国際金融の安定化と技術的サポートおよび戦後復興支援を目的とした経済専門機関としてIMF/世銀体制の創設を見ている。1944年米ニューハンプシャー州ブレトンウッズで成立した、いわゆるブレトンウッズ協定による戦後の経済体制である。
 なお、日本がこの体制に参加したのは1952年。戦後復興時には世銀から併せて8億6000万ドルを借り入れたが、高度成長を迎えた1980年代には、すべて完済している。その後日本は、IMF/世銀・両機関の出資国として貢献。今日では、米国に次ぐ世界第2位の出資率(クオーターと云う)を両機関において維持している。IMF(国際通貨基金)の主要任務は、国レベルの財政問題を扱う国際機関として国・地域などの経済状況を分析し、必要な助言・融資などを行う。一方世界銀行は、国際復興開発銀行(IBRD=International Bank of Reconstruction & Development)を中核とする世銀グループの総称で、各国の復興開発事業に資金を融資し、特に貧困国の開発事業等も担当している。IMFと世銀は、表裏一体の関係で平和構築のためグローバル経済の安定的発展を目指している。

◆IMF/世銀は大戦直後に創設されているから、その後の経済界の変遷に伴い、役割も大きく変革している。特に、戦後定着していた、米ドルを基軸とする各国間の固定相場制は、1970年代に入って、いわゆるニクソン・ショックにより変動相場制に移行し、各国通貨の変動、経済の動きは一段と複雑さを加えた。このような変革の中でEUが欧州共通通貨・ユーロを導入してきたことは画期的変革として注目された。
 ニクソン・ショックについては、ご記憶の方も多いと思うが、1971年7月突如、米国が米ドルの「金兌換停止」を発表。戦後維持されてきた、金本位の米ドルを介する固定相場制(日本場合1ドル/360円に固定)が崩れて各国通貨はフロート相場に移行した劇的瞬間である。筆者は、たまたまワシントンにあって、その変革の一端を体験したので、蛇足ながら、当時の状況を付言しておこう。
 即ち、まずインテルサット恒久制度化の協議(1969-71年・国務省)において、インテルサットの基軸通貨(出資・配当・支払等に使用)を従来の米ドルからSDR(主要5か国のバスケット)方式に変更すると云う提案が西欧グループから提出され、論議が紛糾した。筆者は当時の大蔵省に電話で意見を求めたところ「貴方は米ドル不信論者か」との反駁を受け、日本政府の米ドル維持方針に変更ないことを確認した。しかし当時は、長引くベトナム戦で米国の財政事情は厳しく、国内にも厭戦気分が広がり首都ワシントンにはデモ隊(ヒッピー等)が押し寄せるという異様な状況。このような情勢を反映した欧側の提案であったと考えられたが、会議では結局、米ドル支持が優勢を占め、SDRの採用には至らなかった。
 ところが、会議が終盤を迎えた1971年7月突然、ニクソン大統領の声明により「米ドルの金兌換停止」が発表された。それまでは、米ドル紙幣を随時金貨に交換できた。その金の裏付けが外された訳だ。上記西欧のSDR提案がこの事態を予想したものかどうかは判らないが、米ドルの信認を問題にしていた訳だ。兎も角、日本円の相場は、1ドル360円から直ちに308円に値上がりし、その後も日本産業・国力の進展と共に円高傾向は続き、今日では記録的高値の1ドル70~80円代で推移し、輸出貿易に依存する日本経済にとって厳しい状況が続いていることは周知のとおり。
 因みに、戦前には金本位制が広く採用されており、戦前の官報に公示される米ドル:円の為替相場は、概ね1ドル/1円で推移していたのを憶えている。万国電信条約では金フラン制。調べてみると;日本は明治4年(1871)に金本位制を導入。「新貨幣条例」により1円を純金1.5g(1897年には1円=純金750gに半減調整)とした。幕末維新における日本の国際化推進の一環として金本位制が導入された訳だ。明治4年は恰も日本を初めて海外に結んだ「長崎―ウラジオストク海底電信ケーブル」開通の年でもある。本コラム第12話に述べるように、このケーブルが西欧文明の情報ルートとして活躍した時代、金本位制も当時の世界を映したものと云えようか。ニクソン・ショックで遂に金本位制は世界から消え去り、国力を背景とした変動相場制の世界に移っている。諸行無常!!

◆さて、IMFと世銀の今次東京総会において、どのような成果を見ているかは、素人目ではフォローしかねるが、最近の報道によれば、世界不況の発端となったギリシャの経済破綻は、IMFやEU当局などの努力で一応解決に向かっているとの朗報がある。一方で大国フランスの国債格下げ騒動やスペインの財政危機・緊縮策に伴う国内の混乱(バスク地方の独立運動など)も報じられ、ユーロ圏の不安定さは依然続いているようだ。
 日本の経済問題については、スポークスウーマンとして報道関係に度々登場したIMFラガルド専務理事の解説・アドバイス等が注目された。既に知られることだが;
まず、赤字大国日本の体質改革が求められる。既に1千兆円を超える財政赤字(国債)は、これまでのところ国内貯蓄に裏付けられていること、特に、日本貿易の経常収支が黒字で推移していることで、対外評価は維持されている。しかし、長引くデフレ不況は懸念材料だ。景気浮揚対策が急がれるが、IMFラガルド女史の言葉を借りれば、その実行は「金融緩和と緊縮財政との狭い経の綱渡り」であり、当局の適切な舵取りと国際的視野に立った調整が必要と云う。今や1国の混乱が世界に波及する複雑な経済関係、バランスのとれた対応が重要とされる。
 日本が消費税の引き上げを決定しことは、財政健全化の一環として歓迎されるとの評価。専門家の間で、金融緩和・雇用促進・企業の活性化等々、論議は賑やかだが、政府のリーダーシップと実行力が期待されると云う。
 ラガルド女史は更に、社会経済活性化の例として日本に提言した。つまり日本はもっと女性の雇用・社会進出を図るべきであると。そのための社会的仕組みの整備として、オランダの例(保育所・家事分担・共稼ぎ・職場での処遇など)を挙げた。これによる雇用増と収入増が社会経済の活性化に繋がると強調した。
 次に領土を巡る紛争については、当事国のみならず世界経済の不安定化につながる。平和的対話による早期解決を期待したいと云う。示威的・強圧的な戦略・戦術は、もはや20世紀の遺物と云うのが識者の見解。残念ながら、アジア地域でのEU方式の平和結束の構築は時期尚早のようだ。取り敢えずは、経済協同体制(FTA/TTP/ASEAN等)の推進が地域の平和構築にも望ましいとされる。

◆日本再生のために景気回復は待ったなしの課題だが、上に述べたようにIMFラガルド女史が云う、金融財政当局のタイミング良い、金融緩和と緊縮財政の舵取りに期待される。一方、中長期的戦略としては、日本・日本人の特質を生かした社会体制の醸成が肝要と云う。12月10日にはストックホルムでノーベル賞の授賞式が挙行され、山中教授夫妻が栄誉を受けられる。このノーベル賞受賞者に象徴されるように、基礎的学術の飽くなき追及、それを支える日本人の好奇心と勤勉さ、それを醸成・進化する学制改革や社会体制の日本らしいイノベーションが強調される。 
 かつて、日本文学研究者として著名な米コロンビア大・名誉教授のドナルド・キーン先生から「古代日本」についてお話を伺ったことがある。ご存知の通り先生は、東日本大震災を機に日本国籍を取得し移住した知日親日派。そのお話を要約すると;古代日本は、稲作伝来の弥生時代に顕著な発展を見たと云うのが一般的解釈だが、実は日本人の特質には、縄文文化が色濃く今日に継がっており、大陸文化とは特異な進化を遂げていると強調した。日本人になった先生は、決して褒め言葉を云わないが、大震災に耐え乗り越えている島国日本を励ましている思いである。世界的な不況のなか、日本沈没にならないよう、大和魂・Japan As No.1を想起し、自信をもって !がんばろう!ニッポン!
                            <おしまい>


 


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